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庭園にて
「まぁ! 可愛らしいですわ!」
錦が嬉しそうに言った。
(わぁ)
花は目をパチパチさせる。
壁に立てかけられた姿見に映るのは、赤と黒のチェック柄が描かれた着物姿の自分と、着付けをしてくれた錦。
「でも慣れるのに時間がかかるかもしれません。この時代になってもまだ和服が主流なのは、13丁目だけですもの」
確かにこの格好は動きにくそうだな、と花は思う。
(走るときとか、トイレのときとか、どうすればいいんだろう?)
「うーん。やはり花さんには洋服を用意した方がよかったのかしら?」
「いえ、平気です!」
花は慌てて首を横に振る。金色の長髪が左右にぶんぶんと揺れた。
「座ってくださいな」
「?」
錦に言われて畳に正座すると、彼女は木箱から櫛を取り出した。細い指で花の髪に触れる。
「何て美しい髪なんでしょう……。まるで刺繍に使う金の糸のようです」
誰かに髪を触られることに慣れておらず、花はドキドキしてくる。
「わ、私は錦さんの髪の方がキレイだと思います。春に咲く桜みたいな色で」
「まぁ嬉しい。13丁目以外の方にそう言われるなんて」
「え?」
「私は〝半妖〟なのです」
「?? はんよう?」
「人間と妖怪の間から産まれた者です」
「!」
花は驚いた。妖怪と人間の間に子供ができるなんて初耳だった。
「半妖というのは、人間に忌み嫌われる存在です。この耳と髪色を持っている限り、私が外の町で生きていくことは難しいでしょうね」
錦の手が動いた。櫛が、花の髪を上から下へスッと梳かしていく。錦の手つきはとても丁寧だった。ときどき毛が絡まったところに当たっても上手に解してくれて、全然痛くない。
外見からして錦は20歳前後。花は、母親以外の年上の女性にこんな風にしてもらうのは初めてだ。
(もしも私にお姉ちゃんがいたら、こんな感じだったのかな?)
花がそう思っていると、
「もしも私に妹がいたら、こういう感じなのかしら?」
錦が言った。同じことを考えていたらしい。
「この赤色の着物、私が花さんと同じ歳くらいの時に着ていたものなんです」
「え、そうなんですか?」
「はい。私は1人っ子なので、自分が着ていた服を誰かに譲るという経験が無くて。何だか不思議な気持ちですわ」
「いいんですか? 私が借りてしまって……」
「もちろん。箪笥の中で眠らせておくよりも、ずっと良いことです」
高い位置に集めた髪を、着物と同じ色のリボンで結んだ。可愛らしいポニーテールが完成した。
「素敵ですわ」
錦にまた褒められて、花は頬を染める。
「では、私は戻りますね。何か困ったことがあれば廊下に出てください。必ず誰かが近くにおりますので」
「……あっ、ありがとうございます!」
木箱を持ち、錦は部屋から出て行った。
静かになった部屋で花は考える。
(錦さんはあんなに優しいのに、外では人間に嫌われるの? ……変なの)
ただ半妖というだけなのに。それの何が悪いのだろう。10丁目にいるスリや強盗、ギャングたちの方がよっぽど怖いではないか。
花は部屋をぐるりと見渡してみる。
8畳の空間には文机、箪笥、押入れ、姿見。質素だけど清潔な部屋だ。それに呼吸をするたびに畳と木の匂いがするのが心地良い。
「私なんかがこんなに良い部屋を使って大丈夫かな?」
天井を見上げると、蝶のような形の木目を見つけた。
「……お兄ちゃんは今、どんな場所でいるのかな?」
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