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洗面所からメイクを落として出てきた母に「ねぇ、聞いて!」と声をかける。
「さっきネットオークションで商品を買ったんだ。ボク宛に荷物が届くからね。ちゃんと僕のおこづかいで買ったからね」
母は驚いたようだった。
「一騎ひとりでお買い物なんて……なにを買ったの?」
「ナイショ! いいものだよ。それよりお腹空いた」
「あぁ、そうよね」
母はエプロンを身につけて台所に立った。すぐにトントントン……とリズミカルな包丁の音が響いて来る。その音を聞きながら、一騎は明日の時間割の用意を始めた。社会、算数、道徳、理科、国語の教科書、そして体操服が必要だ。
脚立を使って洗濯物を取り込み(一気の身長では、脚立を使わなくては届かないのだ)、体操服をたたんでナップサックに入れた。これで、明日の準備は完了だ。
一騎はカレンダーを見上げて、さっき入札した商品のことを考えた。
(いつ頃届くだろう。ボク以外に買う人がいるとは思えないけど、いちおう明日入札の結果も確認しなくちゃね)
台所からフライパンで食材を炒めるいい匂いがしてきた。きっと夕飯はもうすぐだ。
*
「……やったわ! 落札されてる!」
興山美沙姫はデスクトップの前でパンっと手を打った。その音に気付き、コーヒーを飲んでいた父が「どうしたんだい?」とデスクトップを覗き込む。
「お父さん、売れたわ! そうよ、きっと売れるって、わたし信じてたわ!」
画面に映し出された出品商品を見て、美沙姫の父である興山啓貴は「うーん」と唸った。
「美沙姫、これ、ホントに出品しちゃったの?」
「したから、売れたんじゃない。さ、準備しなくっちゃ」
「うーん。買う人がいるってことは、需要があるんだねぇ」
父がなにやらぶつくさ呟いていたが、美沙姫は無視して自分の部屋に入ると、旅行用の鞄を引っ張り出した。お気に入りの下着や洋服、ヘアアクセサリやブラシなど日用品を詰めていく。
(あぁ、とっても忙しい!)
だって、同じ用意を父にもさせなくてはいけないのだから。放っておくと、テレビを見ながらコーヒーばかり飲んでいる。仕事をしていないときの父なんて、お隣のアーサー(おじいさん犬のゴールデンレトリバー)よりも役に立たない。
「あら、そういえば何泊の荷物が必要なのかしら?」
美沙姫は階段を駆け下り、パソコンを操作して落札者の住所を印刷した。
「ねぇ、お父さん。〇〇県って車で何時間?」
テレビの前でコーヒーを飲みながらドーナッツを食べていた父は、「あぁ、僕が運転していける距離じゃないなぁ。新幹線になるかな」と言った。
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