4人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「驚いてらっしゃるようには見えませんけど。うちは母子家庭で、家の中もご覧の通りの有様で……本当、人さまにお見せするのは恥ずかしいくらい。私は仕事にかまけてばかりで、この子のことをちゃんと見ていなかったのかもしれません。そんなに、父親を恋しく思っているなんて初めて知りました」
「べつに! 父さんなんて、いらないけどさ」
一騎はもじもじと服の裾をいじっている。「でも、お父さんがほしくてこんなことをしたんでしょう?」と梨枝が問いかけても、返事をしない。
啓貴には、少しだけ一騎の気持ちが分かる気がした。
「あのね、梨枝さん。一騎くんはお父さんがほしかったんじゃなくて、ただお母さんに負担をかけたくなかっただけだと思うんですよ」
「え?」
「周りのお家はお父さんばかり、その中にひとりお母さんが混じるなんて、肩身が狭い思いをするでしょう? だからですよ」
梨枝は、そっと一騎の肩を抱いた。
「一騎、そうなの……?」
「……イマドキ、父兄参観なんてはやらないよ。それだけだよ」
梨枝に言葉はないようだった。
目の前の親子がどのような結論を出すのか――父兄参観に出て欲しいというのか、やっぱり帰ってくれと言うのか。どちらでも受け入れるつもりで、啓貴は親子を見守っていた。後者の場合、娘の美沙姫を説得するのが大変そうだが。母親に似て、気の強い娘に育った。そしてとても元気な娘だ。啓貴は妻の位牌を見るたび、元気な娘を遺してくれてありがとうと、心の中で礼を言うのだった。
梨枝は席を立ち、啓貴にはコーヒーのお代わりを、子どもたちにはアップルジュースのお代わりを入れてくれた。
「あの、興山さん」
「はい」
「あらためてお願いします。ご迷惑でなければ……スポーツ参観に参加してくださいますか? 担任の先生には、私から連絡を入れておきます」
「はい」
梨枝が微笑んで頷いたことを確認し、啓貴は改めて一騎に向き直った。
「そんなわけで、スポーツ参観の日は僕がお父さんだ。よろしくね、一騎くん」
「うん!!」
啓貴が頭を撫でると、一騎は嬉しそうに笑った。
最初のコメントを投稿しよう!