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当の啓貴はのほほんとしていたが、美沙姫は烈火のごとく怒った。
「取り消しなさい! 小説家はちゃんとした職業よ。それでちゃんと税金を納めてるの。わたしのことを育ててくれてるの。わたし、学校の成績だっていいのよ。小説家でも、男親ひとりだけでも、お父さんは立派なお父さんよ!」
まくしたてた美沙姫に、一騎はちょっとビビッてしまったようだ。
一騎に掴みかからんばかりの美沙姫の肩に、ポンと手を置いて父が笑った。
「美沙姫、年下の子にいじわるしたらダメだよ」
「いじわるじゃない! 一騎がひどいこと言ったの!」
一騎を指さした美沙姫の指を、父はやさしく包み込んだ。
「やめなさい――美沙姫がそう言ってくれるから、僕は僕の仕事に誇りを持っているよ。それを、一騎くんにも分かってもらえると嬉しいな」
「……うん」
頷いた一騎の頭を、父はやさしく撫でた。
「じゃあ学校に行こうか。小学校か、懐かしいなぁ」
父は笑っている。一騎の言葉を気にした風でもなく笑っている。祖父母にいじわるを言われても、笑ってさらりとかわしていまう。「男一人で娘を育てられるはずがない」「小説家なんて不安定な職業だわ」と言われても、決して怒らない。ことあるごとに「美沙姫はうちで引き取って育てたほうが」なんて言って来る祖父母が美沙姫は嫌いだったが、父は人を嫌うということを知らない人間に見えた。
(私のお父さんは、立派なお父さんよ)
それをほかの人にも知ってほしくて、『出張お父さん』という商品を出品したのだ。
父の味方になってくれる人が、ひとりでも増えてくれればいいのにな。
*
バッドに手ごたえがあった。白いボールが跳ね返り、グラウンドの奥へ飛んで行く。それを視線で追いながら、一騎は走った。
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