第三話 子どもたちの主張

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 余裕で一塁を踏む。視線をホームベースに移すと、はヘロヘロになりながら走り込んだ。どうにかセーフになったようだ。  今日のスポーツ参観では、保護者と子どもたちが混合チームを作って野球をする。保護者はやはり父親が多かったが、母親が来ている家がないわけではない。家ごとに様々な事情があるのだから、父でも母でもどちらでもいいじゃないか、と一騎は思っていた。 (母さんが来てくれても嬉しいけど、でもこれ以上負担をかけられないし)  一騎の母は、銀行員として勤めながらひとりで一騎を育ててくれている。父のことはぼんやりとしか覚えていない。祖父の話によると、ほかに女を作って出て行ってしまったのだそうだ。母から、父の話を聞いたことはない。一騎も、ほとんど記憶にない父のことには興味がない。「お前は要領が悪い、男を見る目もない」などと偉そうに説教する祖父のほうがよほど憎らしい存在だった。 (母さんは、立派に『母親』をしてくれてる)  一騎は、母のたったひとりの味方として、祖父にそう言ってやらねばならないのだ。  両肩を上下させて息をする啓貴(ひろたか)に、「運動は苦手?」と訊いてみる。 「うーん、苦手っていうかね、このところちっとも運動してなかったものだから体がついていかなくて」  恥ずかしそうに、啓貴は笑った。 「ボクは運動得意だよ。見てな、次はホームランを打つから!」  宣言通り、一騎はホームランを打った。啓貴は大きな拍手で一騎を讃えた。 (こんな人が、お父さんだったらな)  嫌味な祖父から、母を守ってくれるかもしれない。  一騎は思ったが、それは口にしてはいけない、とも思った。だって、このお父さんは借りただけで、明日には美沙姫に返さなくてはいけないから。  ……もし、本物のお父さんができたら。力を合わせて、母さんを守ってあげられるのにな。
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