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【1月13日】屋上のひと
「うわっ、ほんとうにいた」
屋上へと続く、重く錆びついた扉を押し開くと、そこには確かに先客がいた。
彼女は私を見るなり、待っていた、と言わんばかりにゆっくりと振り返った。
「どうして?」
「うわさになっていたから。『昼休み、立ち入り禁止の屋上に誰かが出入りしている』って」
彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。
ネクタイの色から後輩だということが分かる。背が低く、後ろでひとつ結びにした髪の毛が、強く吹き付ける風に揺れていた。
「ふだんは鍵がかかっているはずなのに。どうやってここに入っているの?」
「鍵なんてかかってませんよ」
「え?」
「それ、みんなが勝手に言っているだけ。実際は鍵なんてかかってなくて、誰でも簡単に入れるんです、ここ」
彼女は手すりに背中をもたれさせて、少しも焦っていないような態度でゆっくりと語った。
私はその子の隣まで歩み寄った。
「ここで何しているの?」
「あなたのことを待っていたんです」
「え?」
「誰かが会いに来てくれるのを待っていたんです。なんちゃって」
「うそかよ。ほんとうは?」
「別に何もしてませんよ」
後輩のその子は手すりに両腕を乗せて、溜息をついた。
「昼休みって騒がしくて苦手なんです。教室も嫌、学食も嫌。だからここに来てみたら、たまたま空いていて入れたからここに来るようになった。それだけですよ」
「ふうん」
「あなたはどうしてここに来たんですか? 理由がないと屋上にこようなんて思わないでしょう。原則、立ち入り禁止の場所ですし」
私はちょっと嬉しそうな彼女の横顔を見ながら答えた。
「私、もうすぐ卒業だからさ。その前に、学校の中をもう一度探検しようと思って」
「探検?」
「三年間通っている建物でもさ、一度も入ったことのない場所ってあるでしょう? だから、そういう場所を片っ端から潰していったの。そして、最後がここ。で、ついでに噂の真相も確かめてやろうと思って。そしたら、貴女がいたの」
「私じゃ不満ですか?」
「ううん、別に。むしろ面白かったよ」
チャイムが鳴る。
「それじゃあ、もう行かなくちゃ」
私はまた、錆びついた扉を開いた。
振り返るとさっきの子が、また、私のほうを見ていた。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。また、ここに来てもいい?」
「はい。いつでもどうぞ」
その子はにっこりと寂しそうに笑った。
「私、いつでもここにいますから」
だけど次の日から、屋上は黄色と黒の作業用ロープで厳重にロープアウトされ、二度と入れなくなってしまった。直接、お咎めを貰うことはなかったけれど、たぶん私が入った事がばれてしまったのだろう。あの子には悪いことをした。
卒業する前に何とか謝りたいと思って彼女のことを探したが、結局見つけることは出来なかった。
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