【1月19日】ガーネットの花束

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【1月19日】ガーネットの花束

「だからね、お誕生日には、ガーネットの花束を送ろうと思うの」  やれるものならやってみろと思った。我が妹ながら、なかなか図々しいことを言うなあと思いながら私はテレビを見ながらポテチを割り箸でつまんで食べていた。 「どこで買うの?」 「お花屋さんだよ。この間ね、駅の裏の通りに新しいお花屋さんが出来ててね、『ガーネットの花束をください』って言ったら、用意しておきますって」 「ええ?」  アンタ騙されてるわよって言おうとしたけど、妹の眩しい笑顔と、きらめく瞳を見たらそれも憚られた。  中学生になってもこの子はずっと童顔というか、世間を知らないままでずっと育っている。そしてアホだ。 「お金はどうするの?」 「こんなこともあろうかと、お年玉を貯金してるから、そこから切り崩すの」 「それで買えるの?」 「うん、大丈夫だって。お花屋さんと相談して決めたから」  私は頭を抱えた。センター試験のマークシートを見たときより強くこめかみをおさえた。  1日目を終えたと思ったらこれだ。たぶん、想像しているよりずっとずっと小さい、工芸品みたいな小さいやつを買ってくるに違いない。 「だから、ね、楽しみにしててね姉ちゃん」 「はいはい」  妹はそのまま軽やかな足取りで階段を駆け上がり自分の部屋へ戻っていった。  私はついぞ言えなかった。  ガーネットは花の名前じゃなくて宝石の名前なんだよ。      ◯  ところが。  次の日、試験から帰った私を、セーラー服姿の妹が玄関で出迎えてくれた。  手には、真っ赤な薄いガラス細工のような花弁をいっぱいに咲かせた、ガーネットの花束を抱えて。 「お誕生日おめでとう、お姉ちゃん!」 「ちょっと!」  私は受け取るより先に妹を問い詰めた。 「いくらしたの! これ! 本物!?」 「たぶん本物だよ。だいたい、2万5000円くらい? だったかな」  こんなに大量の宝石をそんな金額で買えるわけがない。いや、ガーネットの相場を知っているわけじゃないけれど、それは流石に安すぎる。  花束を割らないようにそっと手に抱えた。花弁の一つ一つ、向こう側が透けて見えるほど薄い、赤い石でできていた。縁は滑らかに磨かれて、ほんとうに生きた花のようだ。茎や葉の部分は、まさか……緑色の、同じような材質……石でできているけれど……考えたくはない。 「これに立てかけておいてくださいって」  妹から渡された銀色のスタンドに花束を立てかけ、そっと置いた。 「これは……」 「姉ちゃん、上京したら、あんまり会えなくなっちゃうでしょ、だから、18歳の誕生日には、特別なものを贈ろうってずっと思ってたの」 「いや、でもこれは!」 「嫌だった?」 「いやじゃないけど、なんか、すごい……重い」  1月19日は私の誕生日だ。  1月の誕生石のガーネット。それで出来た花束。確かに洒落た贈り物かもしれないが、中学生の妹がこれから上京する姉に贈るプレゼントとしては間違いなく不適当だと思う。これは金持ちの道楽だ。それが2万5000円で買えるなんてそんなわけがない。  そんなわけがない! 「どこで買ったの! なんてお店?」 「昨日も言ったでしょ、駅の裏のお花屋さん。『エルハウオリ』だっけ、そんな感じの名前。外人さんが店長でね、でもすごい日本語うまかったよ」  何か言いかけた私の口は、妹の言葉で遮られた。 「姉ちゃんにガーネットの花束を贈るの、ずっと夢だったから」 「そうなの?」 「誕生石の贈り物。私はサファイア、姉ちゃんはガーネット。小さい頃、ばあちゃんに教えてもらってから、ずっと覚えてたの。それからずっと、姉ちゃんの誕生日には、ガーネットにちなんだプレゼントをしたいって思ってたから」  なんて律儀な妹なんだろう。 「ガーネットの石言葉、『勝利』だって。受験とか、就職も、この花束のパワーで頑張ってね!」 「……、ありがとう」  私は花束を抱えて、妹にその写真を撮ってもらった。  私が卒業して就職したとき、今度は妹が18歳になっているはずだ。 「いつか、私があんたに、サファイアの何かをプレゼントしてあげるからね」 「えっ、いいの!?」 「あんまり期待しないでよ、初任給なんて、たかが知れてるんだから……」  はしゃぐ妹を見ながら、私は、さっきの花屋の名前を忘れないように繰り返した。  エルハウオリ。  今度、覗いてみよう。サファイアのフラワーブーケなんて、あるだろうか。
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