【7月15日】逆ラプンツェル

1/1
前へ
/366ページ
次へ

【7月15日】逆ラプンツェル

 むかしむかしあるところにラプンツェルと名付けられた娘がいました。ラプンツェルはもとは両親と暮らしていましたが、いろいろあって両親の元から引き離され、人里離れたとあるお城に住んでいました。そのお城はかつては有名か貴族の住む場所でしたが、その貴族には子どもがいなかったので、そのまま打ち捨てられていたのでした。  そこに目をつけたのが、ラプンツェルをさらった魔法使いです。  魔法使いは人目を避けて暮らしていたので、この古びた不気味なお城はうってつけの住処でした。ラプンツェルはこのお城の隅にある時計等の頂上に軟禁されていました。  ラプンツェルはとても美しく、宝石のような金色の髪の毛をしていました。それはいろいろあって両親がお祈りして、妖精からの祝福を受けたためなのですが、ラプンツェルはこの髪の毛を自分で切ることができない呪いにかかっていました。この髪の毛を切ることができるのは、同じように妖精に祝福されたとくべつなハサミだけです。ラプンツェルは自分の髪の毛が嫌いでした。長いから夏は蒸れて暑いし、よく絡まるし、櫛もなかなか通りません。  魔法使いは、このラプンツェルの髪の毛の端を、広いお城のどこかに結びつけて隠してしまいました。ラプンツェルは、成長し、髪の毛が長く伸びるにつれ、お城の中をより広く歩き回ることができるようになりましたが、ついにお城の外には出ることができません。そしてラプンツェルには、自分の髪の毛がどこに結びつけられているのかがわからないのです。  そうして過ごすうち、ラプンツェルの16歳の誕生日がめぐってきました。      ◯ 「お誕生日おめでと〜、ラプンツェル。ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー……」  魔法使いはラプンツェルの誕生日に毎年美味しいケーキを作ってくれました。今年はとても大きいブッシュドノエルです。お庭でとれた大きなイチゴと、チョコレートクリームがふんだんにぬりたくられたスポンジケーキが、魔法のロウソクの炎に照らされてきらきら輝いていました。それはケーキにちりばめられたお砂糖の輝きでした。 「ありがとう、ママ」  ラプンツェルは嬉しそうに笑いました。ラプンツェルは自分のほんとうの両親のことは覚えていませんでしたが、魔法使いが自分のほんとうの母親ではないことは知っていました。 「さ、ロウソクを吹き消して」 「ふーっ」  勢いよく吹かれた息で16本のロウソクの火が消えると、部屋が真っ暗になりました。  ぱちん、と魔法使いが指を鳴らすと、ひろーい広間中のシャンデリアに一瞬で火が灯りました。テーブルの上にはほかにも、たくさんのご馳走が並んでいました。 「すごい! ママ、こんなに食べてもいいの?」 「いいんだよ〜。かわいいラプンツェル、あなたのためにわたし、はりきって作ったんだからね」 「いただきまーす」  ラプンツェルはご馳走に片っ端から手をつけて行きました。がつがつ、もぐもぐ。女の子としてはお行儀の良い食べ方とは言えませんでしたが、魔法使いは怒りませんでした。 「ママは? 食べないの?」 「きょうは、ラプンツェルの誕生日なのよ、これはラプンツェルのためのお料理だもの」 「いいよ! 一緒に食べようよ」 「いいの〜? じゃ、食べちゃおうかな」 「わたしがひとりで食べてても、美味しくないんだもん。ママと一緒に食べたいの」  魔法使いはうれしそうに笑いました。  食後はふたりでお茶を飲みながら、ケーキを仲良く分けて食べました。魔法使いのお茶はとても美味しくて、ラプンツェルのお気に入りでした。 「後片付けはわたしがするから。ママ、もう眠ってもいいのよ」 「だめだよ、きょうは……」 「いいの。ママ、いつもわたしのために頑張ってくれているんだもん。たまには休んで」 「うん……それじゃ、先に寝ちゃおうかな」  ラプンツェルは毎晩眠る前にやることがありました。それは自分の髪の毛をたどり、その先がどこに結びつけられているのかを探ることでした。10年以上も毎日やっていることなのに、ラプンツェルにはそれがどこにあるのか、全く分からないのでした。  いつも遠くに行こうとすると、髪の毛が途中で引っかかって、それ以上は先にいけないのです。初めて部屋から出られたのは8歳の頃、はじめて庭に出られたのは14歳の頃。16歳の今は、お城の門にある郵便受けから、Am◯zonの荷物を受け取ってくることもできます。  だけど、髪の毛の先はどこにあるのか、全く分からないのです。ラプンツェルはずっとお城の中で過ごしていたので、無知で愚かで世間知らずではありましたが、たくさん本を読んで勉強したので、おかしいことに気がつきました。じぶんの髪の毛をたぐっていけば、いつかはゴールにたどり着くはずだと気がついていました。  夜、暗いお城の廊下を、燭台を片手に歩いて行くのは、もう毎日のことでした。だけど、今日もその先端がどこにあるのかはわかりません。ラプンツェルはなんども同じところをぐるぐるとして、もとの場所に6回戻ってきたときに、とうとうくじけてため息をつきました。 「ラプンツェル? まだ起きてるの?」  どきっとして振り返るとそこに魔法使いがいました。猫の絵が描かれたかわいいパジャマを着て、手には大きな枕を持っていました。  ラプンツェルは焦りました。いままで、自分がこうしてお城の中を歩き回っているのを見られたことはなかったからです。魔法使いは自分をどこかからさらってきて、ここに閉じ込めているということはラプンツェルも知っていました。 「ママ、教えてよ。わたしの髪の毛、どこに結んであるの?」  ラプンツェルは勇気を振り絞って聞きました。すると魔法使いは、首を傾げながら答えました。 「なんのこと?」 「知ってるんだよ。わたしの髪の毛の一番先っぽを、このお城のどこかに結びつけてるんでしょ。わたし、いつも髪の毛を引っ張られて痛いの。もっと自由に歩き回りたいの。ねえママ、この髪の毛、短くしたい。わたし、ショートヘアに憧れてるの!」  すると、魔法使いは笑いました。 「なぁんだ、そんなことか。そうだね、ラプンツェルも大人だし、そろそろ教えてあげようか」 「えっ。教えてくれるの?」 「後ろ向いて」  ラプンツェルは後ろを向きました。  すると、魔法使いはラプンツェルのお尻の辺りを撫で回し始めました。 「きゃっ、なに、くすぐったいよ」 「はい」  魔法使いの手には金色のホウキが握られていました。いや、それはホウキではなく、金色のふわふわした毛の束のように見えました。そうです! それはラプンツェルの髪の毛の先っぽだったのです。 「ど、どこ!? どこにあったの!」 「ここだよ」  魔法使いは居酒屋に入るときに、暖簾を手であげるように、ラプンツェルの長くて重い髪の毛の束を手で抱えました。ラプンツェルは自分の背中、そして、お尻の辺りを見ました。すると、そこには髪の毛と同じように金色で、ふさふさした、立派な尻尾が生えていました。  ラプンツェルはなにが起こったのか分かりませんでしたが、自分でその尻尾をばたばた動かすことができたので、間違いなく自分のものだということに気がつきました。 「え、わたしの……尻尾……な、なんで?」 「教えてあげるよ。実はね、ラプンツェル、君は『悪魔憑き』として生まれたんだ。普通の人間には尻尾なんて生えてないのに、君にはそれがあった。君の本当の両親はそれを怖がって、周りに隠しながら必死に生きてきた。でも、だんだん限界が来たんだ、それは、君が原因不明の病気に罹りがちになったから、君が大きくなってきたから。いつか、『悪魔憑き』の娘がいると知られれば、自分たちも、なによりラプンツェル、君も無事ではいられない。それで、君の両親はわたしに娘を預けることにしたんだ。周囲には、娘は魔法使いにさらわれてしまったということにしてね」 「そんな……」 「君の尻尾は確かに、悪魔の尻尾だった。放っておくと身体までどんどん悪魔のものになってしまうかもしれなかったんだ。だけど、『妖精の祝福』を受けた君の髪の毛で、それを抑えられることがわかったんだ。だから、君の髪の毛で尻尾をぐるぐる巻きにして、結びつけて、その活動を抑制することにした。君がこうして16歳になるまで無事に成長できたのだから、それは功を奏していると言えるね、実際ラプンツェル、君は自分に尻尾があるなんて、思いもしなかっただろ?」 「それじゃあ、わたしが外に出ようとして、いつも頭を引っ張られてたのは?」 「あんなに毎日、お城の中を歩き回ってたら、あちこちに絡まっちゃうのは当然でしょ〜。もう、掃除だって大変なんだから。台所にも書斎にも、廊下や大広間にもラプンツェルの髪の毛が伸びてきてる。やけに伸びるのが早いと思ったら、そうか、君があちこち歩き回ってたからなんだね」  ラプンツェルがなにも言えなくなって尻尾をしゅんとすくませているのをみて、魔法使いはすこし寂しそうに笑いました。 「ラプンツェル、きみはもう悪魔の尻尾をちゃんと自分でコントロールできている。もうこの尻尾が、きみの体に悪い影響を与えることはないだろう。もう、このお城にいることもないよ。外の世界に出て、普通の女の子として暮らしなさい。あ、もちろん、尻尾のことはうまく隠すんだよ」 「ママのバカっ」  ラプンツェルは魔法使いのことを力いっぱい抱きしめました。あまりに力いっぱいだったので、魔法使いは内臓が飛び出てくるかと思いました。毎日のように重い髪を引きずっていたラプンツェルの体はものすごく力持ちになっていたのでした。ラプンツェルはいつの間にか、魔法使いより背も高くなっていました。 「そんなことで、わたしがママのそばを離れるわけないじゃない! これからもずっと一緒だよ」 「うん、うん、ありがとう、ラプンツェル」  すると魔法使いは、ずっと手に隠していたものを取り出しました。 「これ、誕生日のプレゼント。十年以上もかかってしまったけれど、ようやくできたんだ」  それはハサミでした。  暗闇でも銀色にかがやき、お砂糖が散りばめられたケーキのようにきらきらしていました。とても小さかったけれど、ラプンツェルはひとめでそれがなんなのかを理解しました。 「これは、あなたの髪の毛を切ることができるハサミだよ。これからは軽やかな髪型で、好きなように過ごせるね」 「わたし、ママと一緒にお出かけしたい。ママといっしょに、お庭の掃除もするの」 「うん、うん。じゃあ、明日の朝になって、明るくなったら、早速ね……」  魔法使いは嬉しくて泣きました。  ラプンツェルも一緒に笑いました。  さて、その後、ラプンツェルの髪型はどうなったのか、悪魔の尻尾はどうなったのか、誰も知りません。  ただ、魔法使いのいたお城はまた打ち捨てられてしまいました。時々、金色の美しい衣を纏ったふたりが、このお城を訪れているという話もありますが、それはまた、別のお話です。
/366ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加