【1月20日】オセロ

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【1月20日】オセロ

 オセロは白い石が好きだ。緑色の盤面に白い石を並べていって、黒い石をひっくり返していくのはとても気持ちがいい。 「白い石がよく似合うよね、佳奈子ちゃんは」  と、目の前で弥生ちゃんが笑う。 「どういうこと?」 「黒よりは白の方が好きそうだと思って」  弥生ちゃんが黒い石を置き、せっかく、大量に並べた私の白い石を、黒く染めてしまった。 「はい。佳奈子ちゃんの番だよ」  目を細めて笑う。  私は弥生ちゃんの、白でも黒でもない、うっすらと緑がかった茶色の瞳が好きだった。この目で見つめられるたびに、心臓がどきどきして、身体が熱くなってくる。  盤上は黒い石がだいぶ増えて、まばらな白い石が、夜空の星のように点点と浮かぶばかりだ。 「あ、」  白い石を角にひとつ置くと、黒い石が一気にばたばたと白くひっくり返っていく。 「そういうところ、すごくいいな」  弥生ちゃんが笑う。 「どういうこと?」 「石を、一気に白くしていくとき、凄く綺麗な顔になるの」 「それ、性格が悪いってこと?」 「ううん――――」       ○  オセロは黒い石が好きだ。緑色には黒がよく似合う。明るい空を見ているより、月明りの下で読書をしているほうが好きだから。  黒と緑。見ていて落ち着くふたつの色だ。 「弥生ちゃんは、黒い石を使っているときの方が、楽しそうだよね」  佳奈子ちゃんは、長くて真っ直ぐな前髪を指で払った。 「そうかな?」 「白い石を見るとき、いつも、眩しそうな顔をするから」  そう言いながら、盤面を白く染めていく佳奈子ちゃんは、ほんとうに楽しそうだ。 「はい、弥生ちゃんの番」  盤から顔を上げて、つるんとした顔を見せた。  佳奈子ちゃんは色白で、目と髪が黒い。ただ黒いだけじゃなくて、オセロ盤のように、緑色の少し混じった黒をしている。私はそれが羨ましくて、いつも彼女のことを見つめていた。  自分の茶色い目、癖のある髪。どれも、コンプレックスなのだ。 「うーん」  角を取られてしまったので、うっかりと黒い石を置くと、たちまちに白くされてしまう。  残った緑色のますは少ない。 「ね、さっきの、どういう意味?」 「さっきのって?」 「白い石が増えると……ってやつ。なんか、私が、性格が悪いひとみたいな言い方」 「違うよ。佳奈子ちゃんには、白がよく似合うってこと」  苦し紛れの一手で、いったん、黒い石の数は増える。  だけど、それはすぐに白く塗りつぶされてしまう。 「弥生ちゃんは、黒い石が増えても、あんまり嬉しくなさそうだよね」 「そうかな? 嬉しいよ」  また、白が増えていく。 「あ、」  その一手で、今度は黒い石で角を取れる。 「どうする?」 「白、置けない。パス」       ○  弥生ちゃんはきっと黒が好きなんだ。  でも同じように白も好きだ。  緑色の盤の上で、ふたつが入り混じるオセロ。  私たちは毎日のように遊んでいるけれど、いっこうに飽きることがない。 「じゃあ、ここ」  弥生ちゃんの一手で、盤面はどんどん黒く染まっていく。       ○  佳奈子ちゃんはきっと白が好きなのだ。  たぶん黒はそんなに好きじゃない。  緑と白、組み合わせると淡いミントグリーンのようになるオセロ。  私たちは毎日のように遊んでいるけれど、佳奈子ちゃんはいつも難しそうな顔をしている。 「パス」  佳奈子ちゃんの声で、私は最後のますを埋める。 「引き分けだね」 「また?」 「32対32――たまには、どっちかが勝つ勝負をしてもいいんじゃないかな」 「わざとじゃないよ」 「もう一回やろう」 「いいよ」  日が暮れるまでオセロは続く。  私たちはお互いに、お互いが持っていないものを求める。  きっといつまでも、白黒つけられない。
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