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【7月20日】初恋の呪い
親友の夏月が自殺した。
学校にも来ない。電話も出ない。
そんな状態がずっと続いたので、わたしが様子を見に行ったら死んでいた。
夏月の家には両親がいなかった。
もともと留守がちだったので、両親も気付かなかったのだろう。
家の鍵は開けっ放しで、中はとても静かだった。
恐る恐る中へ足を踏み入れ、夏月の名前を呼んだ。返事がなかったので、わたしは二階にある夏月の部屋へと向かった。扉は半分開いていた。
廊下やリビングは整然と片付いていたが、夏月の部屋の中は散らかっていた。
漫画や本が床にちりばめられ、カーペットはずれていた。椅子が横倒しになっていた。
その中心に夏月がいた。
首をつっていた。
天井からぶら下がっていた。
首をつっていた。
服はパジャマのままだった。
首をつっていた。
制服はきれいに畳まれて、足元に置かれていた。
散らかっていた部屋の中で、それだけが美しかった。
爪先は、ほんの数十センチしか床から離れていなくて、頑張れば足がつけられそうだった。
夏月は背が小さかったから、わたしは夏月の顔を、目の前でまじまじと見る事ができた。
どきどきした。
最初は、なんだか、よく分からない状況に緊張し、混乱しているのかと思った。でも、だんだんそれが違うことに気がついた。
こんなに近くで夏月の顔を見たこともなかったし、夏月のパジャマ姿を見たのも初めてだった。
ふだん明るくて優しい夏月が、ものいわぬ死体になっている。
だらっとしている。身体は冷たく、固くなっている。
わたしは――それを見て、とてもドキドキしていたのだった。
思わずキスをした。
冷たく、にわかに臭いのする唇をかんだ。
吊られた身体を抱き寄せた。ちょうど、目線の高さが同じくらいになるから、とても抱きしめやすかった。
強張った身体の中にあって、まだやわらかかった部分に触れた。服を脱がせて、手を這わせた。
わたしは、倒されていた椅子を使って、夏月の首をくくっていた縄を外し、彼女を乱れたカーペットの上に押し倒した。そして手を握り、身体全体にほおずりした。
まるで変態みたいだ。
我に返ったとき、わたしはひどい嫌悪感に包まれた。
そして、警察に通報し、わたしはいろいろと取り調べを受けた。
それが中学生の頃のことだ。
高校に進み、大学に進み、田舎を離れた。それは、わたしの心のうちに秘めた、誰にも話すことのない思いとなっている。
○
「橙子は、好きなタイプとかいるの?」
大学に入って数か月、周囲には彼氏とか合コンとか、サークル同士での交流とかで浮かれまわる友人が溢れかえっている。その中で、ひとりでずっといるわたしはそれなりに浮いたタイプであり、そんなわたしに声をかける知人は稀有な存在となりつつあった。
「あんまり、恋愛とか興味ないの」
「そうなの? 今まで彼氏がいたことは?」
「彼氏はいないよ」
「じゃあ、彼女? もしかして女の子が好きなの?」
「女の子……って、わけでもないんだけど」
複雑だ。
言葉を選びながら、わたしは稀有な友人に説明した。
「中学のころ、初恋の相手がいたの。いろいろあって、かなわなかったんだけど。でも、その人のことがずっと好きなんだ」
「へえ。どうしてかなわなかったの?」
「死んじゃったから」
こう言うと、だいたいの友人はそれ以上突っこんで聞いてくるのをやめる。
だからわたしはだんだん周囲から孤立していく。
何一つ嘘は言っていない。
わたしは毎晩、夏月のことを夢に見る。
夏月のきれいな顔、きれいな身体。
あの時、腕の中に抱いて、わたしが引き裂いた服の下の肌の色を思い出す。
その度にわたしは心臓がどきどきして、眠れなくなる。やがて疲れはてて眠り、夢を見る事もなく目を覚ます。
たまに、夢の中で夏月が現れるときがある。
生きていて喋っていることがある。毎回違う顔で、違う声で、違う口調で。
わたしは正直、生きていた頃の、クラスメイトだった頃の夏月のことをもうほとんど覚えていない。だから声も顔も正直あいまいで、その度にわたしは、大切なものに泥を塗られたような気がして悲しくなる。
やめて。
知らない声で喋らないで。夏月はそんな声じゃない。夏月に声なんてないのに。
目を覚ますといつもわたしは、つらくて悲しくて、涙を流している。
わたしの初恋は永遠に呪いとなって、心の奥底から離れない。
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