【1月21日】人間もどきのステラ

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【1月21日】人間もどきのステラ

 師匠から受け継いだ研究もいよいよ最終段階だった。第32947回試行、大詰め。 「最後に、飼い葉でくるんで、塩水で浸し……桶ごと、炉にくべて待つ。炉の火が桶に引火しないように最新の注意を払うこと……」  ひとつひとつ、どんな些細なことでも重要な記録だ。メモを残しながら、赤赤と燃える火に注意深く桶をくべ、熱する。  師匠の師匠、さらにその師匠から、連綿と受け継がれてきた、『人造人間』の研究。醜く不出来な人間ではなく、叡智と高潔な人格、老いも病も寄せ付けない完全な肉体を持った人間を作り出そうとする試み。  しかし記録によれば、ただの一度も成功したことがない。  最初のうちは動くこともなかった。ただ炭のようなものが大量に生まれた。しかし徐々に、姿形は人間らしくなっていったが、これも命を持つことはなかった。10000回を超えたあたりで生き物らしい動きを見せるようになり、第15672回試行ではじめて声を観測した。しかしそれは死にかけた牛のようなか弱く醜い声だったらしい。  それから何度か動いたり声を上げたりすることはあったが、結局のところ人間を作るには至らなかった。  そして私の師匠が志を遂げることなくな亡くなり、私が工房を任されて数年、現在の試行に至る。  魚の骨、猛禽の羽根、蛍、人間の精液と髪の毛。十一種類の動物の内臓と血を乾燥させて粉末と二十六種類の金属片。聖書の一節を書き込んだ羊皮紙で包み、飼い葉桶の中央に置いてさらに包む。水ひと瓶につき匙四つ分の塩水で、桶がいっぱいになるまで満たし、炉で三十八時間熱し続ける。  どれか一つが狂ってもうまくいかない。  というか全部がうまくいったとしても、人間を作るのなんて不可能だろうと錬金術師の私は考えている。 「産めばいいじゃないですか」  と師匠に言ったら、ものすごい剣幕で怒られたことがある。お前は何もわかっておらん! と。  もともと私は親に捨てられるように出稼ぎに出され、流れ着いた先がこの工房だというだけで、錬金術なんていう、胡散臭いものに関わる気は毛頭なかった。ここを継いでひとりで維持しているのも、なぜか国王からの助成金が大量に出るから、生活のために仕方なくやっていることなのだ。  4ヶ月に一度の成果報告。 「人間は作れず。副産物として以下の物質を同封する」  と、炉からほじくり出した灰や、失敗作の人造人間から出来たきれいな石なんかを献上すると、なぜかものすごい喜ばれる。師匠のコネか、何かだろう。  ただ、そのたびに「人間はまだ出来ないのか?」という期待の目で見られるのがだんだん鬱陶しい。いっそ私が結婚して産んだ子供でも提出してやろうかと思ったこともある。  どうせ今回も失敗するに決まってる。      ◯  ガダン!  ガシャン、バラバラ。 「うわっ!?」  重たいものが倒れ、ガラスの割れる音で目が覚めた。ずっと火を見ていたと思ったら、うっかりうたた寝してしまったらしい。 「あー……しまった、中の桶が……?」  と、そこで炉の火が消えていることに気がついた。そこにくべていた飼い葉の桶も無くなっている。  かわりに人間の形をした生き物がそこにいた。  真っ黒な髪と白い肌、一糸纏わぬ姿で、倒れたテーブルの影からのっそりと立ち上がる。前髪の一部だけが銀色で、瞳は夜闇に光る蛍のような緑色だった。  私を見るとじっと立ち止まって、何も言おうとしない。 「まさか……!」  裸の前面を見た。股間に性器がない、胸は薄く腰も細い……男女どちらにも当てはまらない身体的特徴。そして前髪に隠れた額に円形の『印』が見えた。  私は慌ててそいつにあゆみよった。驚きもせずに私から目を離さないでいるそいつの前髪を払い退けると、その『印』に指先で触れた。 「『汝は人間なり』『汝は人間なり』」 「に、ん、げ、ん……」  しゃべった。  どちらかといえば女のような細い声だった。 「なんてこった」  研究日誌に書き足さなくてはいけない。  第32947回試行、成功。  人間を製造す。      ◯  生み出されたその生命体にステラと名付けた。私は自分の服をステラに着せてやると、早速そいつのことを調べることにした。  数時間で分かったことがいくつかある。  身長や体格から、人間でいうと11〜14歳の女性程度の身体と推測される。ただし性器や乳房といった性的な器官は認められず。  心臓の鼓動、あり。体温、やや高め。顔を水につけても気泡を吐き出さない。呼吸を行なっていないと推測される。発話は認められるため、呼吸器自体は存在している模様。  食事は積極的に行う。水も摂取する。ただし今のところ、排泄行為は行なっていない。  知能は高い。今のところ、ほぼ全ての言語を理解して、発話・読解している。  視覚、問題なし。  聴覚、反応あり。  嗅覚、あり。動物の排泄物に嫌悪感を示す。  触覚、おそらくあり。  味覚、不明。 「ふう」  ランプの明かりを頼りに、提出用の研究レポートと、日誌を書いていると、階段がぎしぎしと軋んだ。 「師匠、どうした?」 「あなたのことを報告しないといけないのよ」 「僕も手伝おうか? 師匠よりもずっと疲れないし、文句も言わないよ」  ステラは表情一つ変えずに私のそばへ歩み寄り、レポートをじっと眺め始めた。  追記しておこう。感情の類いは認められない。 「師匠、お腹が空いたな。僕は永遠に生きられるだろうけど、活発な活動のためには外部からエネルギーを摂取する必要があるんだ」 「ステラ、私のことを『師匠』なんて呼ぶのはやめなさい」 「何故? 目上の人のことをそう呼ぶのが、ならわしなんだろう?」  私の日記か、研究日誌を読んだのだろう。 「私は目上の人でもなんでもない。あなたの方がずっと頭も良いし、人間としては上等でしょ」 「それは否定しないけど、僕にとっては師匠、あなたが創造主なんだよ。畏敬に値する存在なんだ」 「畏敬?」 「そうさ。師匠、あなたが望むならすぐにでも命を断つよ。あなたが作ったんだから、あなたの手でいつでも壊して良い」 「命を断つ、ですって? あなたの命は有限ということ?」 「外部から衝撃を受ければね。宝石と一緒だよ。大切に飾っておけばいつまでも美しいけど、誰かが槌で叩けば割れてしまう」  これは果たして師匠が求めていた、完璧な人間と呼べるのだろうか。  師匠が、その師匠が、そのまた師匠たちが求めていたのは、美しさを損なわず、また叩いても壊れない宝石なのではないだろうか? 「うーん、やっぱりだめね」 「駄目? 僕が?」 「そう、あなたは私が求めていた人間じゃない。出来損ないよ。これじゃ、研究成果の報告をしても、王をがっかりさせるだけね」 「それじゃあ、どうするの? 僕を殺す? それとも山に棄てる?」 「そんなことしないわ、ステラ」  私はステラの頭を手で撫でた。 「素敵な肌触り。美しい肌、輝く目。棄てるなんてとんでもないわ。ステラ、あなたは弟子として、私の研究を手伝ってもらうわ」 「構わないよ。師匠の頼みだからね。じゃあ、最初は何をすれば良い?」 「それじゃあ、部屋の明かりを消して」  ステラは律儀に、言われた通りにした。 「それじゃあ、私は疲れたので眠るわ。あなたも休みなさい」 「じゃあ、師匠のそばにいても良い?」 「いいけど……」 「僕は睡眠の必要がないから。師匠のそばでずっと見守っててあげる」 「そう、ありがとう」
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