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【7月29日】女の子でも◯◯が好き
女の子が特撮好きでもいい。女の子がカードゲームが好きでもいい。いまは、そういう、男とか女とか、そういう考え方は古いと言われるようになってきた。素晴らしいことだと思う。誰もが平等に好きなものを好きと言い、好きなものを楽しめる、そんなすばらしい世の中になりつつあるのだ。
「だから委員長。そのエロ本を返してくださいッ」
「だめ」
「なんで? わたしが、女だから……? 女の子がエロ本を読んじゃいけないんですかっ!」
「違うわ!」
「なにが違うの?」
「も〜〜〜」
委員長は頭を乱暴にがしがし掻いた。
「まず、ね? わたしは人のセクシュアリティとか、趣味とかに口を出すつもりはないの、そこはわかって」
「うん」
「あなたがエロ本を読んでたっていい。そういう興味があってもいいと思う。そこはわかってくれる?」
「はい」
「で、まず、高校生がなんでエロ本を持ってるのかってこと、そして、なんで学校に持ってきたのかってこと、わたしがあなたに対して思っているのはそこなのよ。ね?」
「わたし勉強熱心だからさ」
「いいように言わないで。ともかくこれは没収です」
「そ、そんなぁ〜! ようやく手に入れた至高の一冊なのにぃ〜」
しかし委員長は容赦なかった。わたしの大切なエロ本をむしり取って自分の手の中にしっかり握り込んでしまった。
「ああ、高かったのになあ」
「なんでわざわざ学校に持ってくるのよ。大切なものなら」
「いや、常に読んでおきたいくらい好きだったの」
「あと、この……表紙をさ。せめて、カバーをかけるとかさ、隠す努力をさ」
「わたしブックカバーって苦手なんだよね……」
気がつかなかったけど、よく見ると委員長は顔を真っ赤にしていた。表紙をちらちらと目で見ているのがバレバレだった。
「読みたきゃ読めば?」
「えっ、いや、それは……!」
「いいじゃん、別に。委員長はわたしからそれを取り上げただけなんだからさ、誰にも責められないよ」
「そ、そういうことじゃなくて」
「興味あるんでしょ?」
「違うもん、もう! これ先生のところに持っていくからね。たぶん後で呼び出されるよ」
委員長はムキになって本を不透明なファイルの中にしまい、表紙が外から見えないようにしてしまった。そのまま教室から出て行って、たぶん職員室に向かったのだろう。
「あ〜あ〜」
なんだよ。エロ本くらい誰だって読むじゃんか。こんなの横暴だ、管理社会だ。まあ、うちにまだたくさんあるからいいけど、あの本にはもう二度と出会えないかもしれないと思うと無性の寂しさを感じた。
しかし委員長は教室に荷物を置いたままでしばらく帰ってこない。放課後の校舎は静まり返っていて、わたしは虚しさのままにぼけっとしていた。
「あ……」
委員長が戻ってきたとき、わたしはちょうどもう帰ろうかなあと思っていたところだった。委員長はわたしを見ると、ぎくり、という感じで身体をすくませて、手に握った黒いファイルを握りしめていた。
「遅かったじゃん」
「あ、あの……」
委員長はたちまち顔が真っ赤になった。
そしてぎこちない足取りでわたしのほうに歩み寄ると、乱暴にファイルを押しつけた。
「こ、これ! 返します! せ、先生が、これは不問に処すって言ってくれたからっ」
「読んだ?」
「読んでない!」
「いや、ぜったい読んだじゃん! トイレかどこかで! 先生に見せたのも嘘でしょ?」
「あ、あうう……読みました」
「なんで嘘つくの。だいじょうぶ、恥ずかしいことじゃないよ」
「恥ずかしいよ〜! よ、読むんじゃなかったこんなの〜!」
こんなにかわいい委員長を見たのは初めてだった。わたしは思わず……
「かわいいじゃん」
「だ、だって! 女性向けかと思ったら違ったんだもん! 思いっきり男子が読んでるようなやつでしょこれ!」
「え、うん、そうだけど」
「ひどいよ!」
「なにが! 勝手に読んだのは委員長の方でしょ」
「そ、そうだけど!」
しかし返してくれるというならありがたい。わたしはそれを鞄の中にしまって、未だに顔を真っ赤にしている委員長の肩を叩いた。
「ひゃあああ!」
「返してくれてありがと。もう学校には持ってこないように気をつけるからさ」
「あ、うん……」
すごく怯えているような感じだったので、わたしはあっと委員長がなにを想像しているのか気がついた。
「あの、わたし、別に女の子が好きとか、そういうんじゃないからね」
「そ、そういうこと考えてないけど!」
「あ、そう? でも、真っ赤になってる委員長もかわいいね……それに、意外とスタイルも良さそうだし……」
「も、も、もうー! 離して! わたし帰る!」
委員長はわたしを突き飛ばすようにして自分の机から鞄を取り出すと、もつれる足で教室を駆け出して行った。
なんだあれ。かわいい。
別にエロ本を読むのに理由なんてない。恋愛にも特に興味があったわけじゃない。でも、普段はしっかり者の委員長があんなに慌てているのは初めて見た。
「悪くない……」
新しい楽しみがひとつ、増えたかも。
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