【1月26日】コート

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【1月26日】コート

 あまりにも寒いので、新しいコートを買うことにした。うちにあるやつはどれもぼろぼろで、せっかくなので新しいものにしようと。 「どれがいいかなぁー」  駅ビルの中にある大型チェーン店をうろうろするうちに、コートが大量に並ぶコーナーへやってきた。  安くて、そこそこかわいいやつがいい。 「なにかお探しですか〜?」 「あ、コートを……」  と店員さんだと思って振り返ると、いとこの涼芽がいたずらっぽい笑顔で立っていた。学校帰りだろうか、ブレザーにマフラーを巻いただけの軽やかな出で立ちだ。 「姉ちゃん、真面目すぎ。テキトーに無視すればいいのに」 「からかうんじゃないの」 「で、オシャレに無頓着な姉ちゃんが、なに? 彼氏でもできたの?」 「ちがう、最近寒くて。コートを新調したくてさ」 「あ、そう」  なんでそこでつまんなそうな顔をするのか。ハタチ越えても未だに男性経験ゼロの私をそんなめで見ないでほしい、私は悠々自適に生きているだけだ。 「んじゃ、あたしが選んであげるよ、いいでしょ。ちょうど春休み前でヒマだし」 「そう? じゃあお願いしようかな」  涼芽は昔から可愛いものとか洋服とか選ばせるとセンスがいいので、私はいつも憧れの目で彼女を見ていた。  涼芽は背が高いし、脚も細い。モデル体型で髪もきれいだ。私はちんちくりんで、胸もほとんどない。 「こんなのどう?」  涼芽は、かなりサイズの大きなダッフルコートを私に押し付けてきた。明るいグレーで、丈は私の膝の辺りまである。腕の長さも、指先がちょうど隠れてしまうくらい長い。 「ちょっとおおきくない?」 「姉ちゃんはこれくらいがちょうどいいよ。それから靴と、あと中の服も選ばないと」 「えっ、そんなにお金ないし……」 「いいから、いいから」  それから靴売り場へと向かい、ベージュのショートブーツを無理やり押しつけられた。涼芽はかなり適当に手に取ってよこしたように見えたけれど、確かにサイズはぴったりだった。  次に冬服のコーナーへと引っ張られた。そこでは紺色のカーディガンと、短い緑色のスカートとを押しつけられた。 「うん、こんなもんかな」  涼芽は私に服をあてがったりすることもなく、とても雑にカゴへと放り込んでいく。 「さ、試着しよ。はやくはやく」  涼芽に背中を強引に押され、私たちは試着室へとやってきた。 「ちゃちゃっと着なよ」  コートとブーツを押しつけてニヤニヤ笑うと、涼芽はカーテンを閉じた。 「はあ」  こうなったら大人しく着てみよう。  ぼろぼろの黒いガウンを脱いで、カーディガンとスカートを身につける。サイズはぴったりだけど、スカートが少し短い気がする。  次に、私には大きすぎるダッフルコートに袖を通す。すると、手が袖口から出てこない……やっぱり大きすぎるのだ。そして長すぎる丈のせいで、スカートが完全にコートの中に隠れてしまっている。それでも辛うじてボタンを閉じると、今度はショートブーツに足を入れた。こっちは足のサイズから形まで、すっかりぴったりだった。だけど、あんまりかかとの高い靴は履かないから、ちょっと落ち着かない。 「はい、着てみたよ」 「おおー!」  涼芽がぎゆっと私に抱きついた。 「素晴らしい! さすが私はセンス爆発してる、すみませーんこれとこれ買いまーす!」 「あっ、ちょっと……!」  結局、そのまま店員さんのところに連れて行かれ、あれよの間に会計をさせられてしまった。当初の想定の三倍くらいの値段がした。最初はコートだけのつもりだったのに、余計なオプションがいっぱいついたから当然だ。 「これ、着て帰ってもいいですか?」  と、着ている私じゃなく涼芽が店員にいった。店員さんは快く許可してくれたけど、私は気恥ずかしさと憂鬱とを長いコートの丈といっしょに引きずってお店を出た。 「もう、いっつも涼芽は勝手なんだから……」 「でもかわいいからいいっしょ」 「か、かわいいけど、恥ずかしいよ、こんな……」 「どこが? あたしのセンス大爆発だと思うけど」  特にスカートだ。  短すぎる。コートの丈に隠れてしまっているので、まるで下になにも履いていないみたいに見えてしまう。 「姉ちゃんちっちゃくてかわいいんだからさ、こういうのが似合うと思って。うんうん、あたしの勘に間違いはなかった。かわいいー!」 「ちょっ、抱きつかないで!」 「ね、このあとご飯食べに行こうよ、ヒマでしょ? バイト代入ったばっかだし、ご飯はあたしがご馳走するから。テキトーにファミレスとかでさ」 「もう……」  なんと言ってもこの子は行くのだろう。私は諦めておとなしく涼芽にしたがった。  駅ビルから外に出ると、予想以上に寒くて身震いした。 「さむっ……」 「姉ちゃんだいじょうぶ?」 「だ、大丈夫だけど……」  主に足元が寒い。  ストッキングが薄すぎる。 「もうちょっと厚いやつ買わないとね」  涼芽はコートの袖に隠れた私の手を取ると、ぎゅっと強く握った。 「わ、ほんとだ、冷たい」 「は、早く行こう……」 「はいはい」 「涼芽は寒くないの?」 「ぜんぜん? なんだろう、体質かな」  私だってとくに寒がりじゃない。格好が悪い。 「ね、あたし春から大学生だからさ、いろいろ教えてちょうだいよ」 「そんな……私じゃアテにならないよ、涼芽はそのままでぜんぜん上手くやっていけるだろうし、私のアドバイスなんて……」 「ニブいなあ。姉ちゃんに聞きたいの、あたしは」  私の目線はふだん、涼芽の肩くらいの位置にある。今はかかとが上がっているからもうちょっと高いけど、それでも涼芽のほうがまだ背がずっと高かった。  彼女は私をみてニヤニヤ笑っていた。 「かわいいよ、姉ちゃん、すっごく」 「もう……」 「かわいいー! その洋服やっぱイケてる、サイコー!」 「だ、だから抱きつかないで……こんな人前で……」 「人前じゃなかったらいいのー?」 「そ、そんなんじゃ!」 「じょーだんだって。ほら、ファミレス行くんでしょ?」  涼芽は小走りに駆け出した。頬が少し赤くなっているのがわかった。  私も手をぎゅっと握って、涼芽について行った。
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