どこかの誰かの話

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「先生、質問があるんですけどいいですか」 授業終了後、1人の生徒が声をかけてきた。 真面目な生徒だということ以外あまりに印象にない子だ。 確か、エラという名前だったはずだ。 ショートカットのヘアスタイルにきちんとした制服の着こなしをしている背の高い女生徒だ。白と黒の髪色もこの学校じゃそう珍しくもない。 「どこだ」 ええと、とノートを開く彼女に近付く。 彼女の足元に犬がやってきた。 人懐こいらしく、甘えたような鳴き声を上げながら擦り寄っている。 思わず顔をしかめたが、言葉にはしなかった。 「すみません」 そう言って彼女がノートを閉じたかと思えば足元の犬に目線をやる。 嬉しそうに鳴く犬をそのままどかりと蹴り上げた。 怯えたように足早に犬が逃げていくのを見て彼女が溜息をつく。 「私、犬、嫌いなんですよね」 誰かがきゃあと悲鳴をあげていた。 「あんた、なんてことするの!私の犬なんだけど!」 「あの薄汚い獣の話してる?首輪でもつけておけば?あんたの首にね」 かっと顔を赤くした女が助けを求めるようにこちらを見た。 「いや、彼女に同意見だ。自分の使い魔くらいきちんと躾けておくんだな」 さらに顔を赤くした女が小さな声で謝ると逃げるように去っていた。 「……犬って、臭くてうるさくて嫌いなんですよ。躾がなってないなら余計に」 再びノートを開いた彼女がそう言った。 「すみません。関係ない話でしたね」 「いや、いい。続けろ」 ノートに並ぶ彼女の整った字を目で追いかけながら言う。 「……母が、犬が嫌いで、その影響だと思うんですけどね」 淡々と、淡々と、彼女が語る。 嬉々としてでもなく、嫌気が刺したという風でもなく、ただただ淡々と話していた。 ふと、気付いたのだが、彼女はあまり表情が動かない。 整った顔からは感情が抜け落ちたみたいだった。 「将来はどうするんだ?」 ああ、と彼女が頷く。 「……そうですね」 少し、考えるそぶりだ。 随分と踏み入った質問だったのではないかと今更気付いた。 いや、教師として、生徒に進路を聞くのは決しておかしなことではないだろう。 「でも、調教師って楽しそうよね」 眉を寄せて、目を輝かせて、犬歯を覗かせて、彼女が歪んだ笑みを作る。 心臓がどきりと跳ねた。
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