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三角定規の恋模様⑴
「……うぁ、あっっ、うぅっ……」
夏生の口から呻き声が漏れる。いきなりの衝撃に涙が出てくる。
タオルで目隠しをされ、口にもタオルで猿轡をされている夏生は、後ろ手に両手を纏めて掴まれ、頭をベッドに押さえ込まれて、背後からその蕾を太い怒張で苛まれていた。
夏生のことを少しも考えない身勝手極まりないその動きは、苦痛しかもたらさない。
早く終われ、早く終わってくれ……、夏生はただそれだけを思う。
バチバチと腰を打ちつけられて、尻が痛い。出血こそしていないが、解され足りない後孔は、絶えず鈍い痛みを訴える。
動きが激しくなった、射精が近いのだろう。
「……あきらっ……」
夏生の中で、びくびくと小刻みに動いて、達したのが分かった。
力を失ったソレが抜けていく。
夏生はタオルに涙を吸われながら、どうしてこうなったのだろうと、今更ながらに後悔していた。
朝の教室、夏生が扉を開けると「おはよ、夏生」と、声をかけられる。
クラスでも陰キャで目立たない存在である夏生に声を掛けてくるものは限られている。
「……はよう。宮野君」
夏生はボソボソと小さな声で返事をした。
宮野明良の隣で、背の高い男が夏生を睨みつけている。
その視線から隠れるように、夏生は窓際の自分の席に着いた。
「宮野、なんで綿貫なんかに声掛けてんだよ!」
「服部、言い方が酷いな。クラスメイトだろう。それに、夏生って可愛いと思わないか?なんか小動物みたいでさ」
服部一琉、彼は宮野が好きだ。だから、宮野君、僕のこと話題にしないで……、夏生は心の中でそう言ってまもなく始まる授業の準備をした。
夏生は服部一琉のセフレである。それでも、一琉が宮野明良に惚れる前は、もう少しだけ優しく抱いてくれてた。
何故か明良が一琉を気にかけるせいで、一琉は不機嫌になり、夏生への扱いがますます酷くなる。悪循環だなぁと、夏生は嘆息した。
昼休み、教室に残るものは少ない。夏生は、自分の席で一人、持参したパンと飲むヨーグルトの昼食を取っていた。
もそもそとパンを齧っていると、明良と一琉がやってきた。もう購買から帰ってきたらしい。
「夏生、一緒に食べないか?俺は夏生を気に入ってるんだけど。出来れば付き合いたいくらい」
最近よくそうやって明良に口説かれるので、夏生は黙って首を横に振ることで答えに変えた。
「宮野、そんな奴に構わず、俺と付き合えよ!」
一琉が明良の腕を引く。
「お前は友達だって。それ以上には思えないよ」
今日も素気無く断られている。
夏生は早く家に帰りたい、そう思っていた。
その日の放課後、夏生のポケットの中でスマホが震えている。見ないでも誰からか分かる。夏生の望みは叶わない。また酷く抱かれるのか、と、夏生はため息を吐いた。
一年半前の春は、一琉と同じ高校に進学出来て、しかも同じクラスになって、夏生は単純に喜んでいた。
いつでも好きな人を眺めていられる、ただそれだけで良かったのだ。
夏生は中学生の頃から、一琉を好きだった。
だから、一琉に、
「お前、俺のことずっと見てるよな?なに?俺のこと好きなの?」
そう言って、夏生の前髪をかき上げ、
「へえ、かわいい顔してんじゃん。セフレにだったらしてやってもいいぜ」
そんなことを言われて、ついつい頷いてしまったのだ。
それが苦しみの始まりだとも知らずに……。
一琉の部屋へ呼ばれるのは最初は嬉しかった。ベッドと机と本棚しかない部屋、だけど読書家な一琉の蔵書を眺めていられるだけで、夏生は嬉しかったのだ。でも、世間話をしたりするような、そんな関係ではないから、無駄口を叩かずに、ただ抱かれていた。
最初の時は、一琉もまだセックスに慣れていなかったから、手探りでお互いの体を暴いていった。
呼ばれた回数はそんなに多くない。一月に一度か2か月に一度程度。
それが、今では夏生は一週間に一度は一琉に抱かれていた。
一琉の明良への想いの強さ故なのか、明良が気にかける夏生への苛立ちからなのか、分からないけれど、せめて後者であればいいと夏生は思う。
その日の一琉は、いつにもまして不機嫌そうだった。
そんな一琉の怒りに触れないように、夏生はもともとない存在感をますます薄くして、恐々と時間を過ごしていた。それなのに、間の悪いことに日直で、職員室に日誌を持って行ったらつまらない用事を押し付けられてしまった。
すっかり遅くなって、誰もいなくなった教室で帰り支度をしていた夏生に、突然現れた一琉が「服を脱げ」と命じた。
「服部君、まだ帰ってなかったの。服って……」
どういうこと?と夏生が尋ねるより先に、一琉の乱暴な手でブレザーを剥ぎ取られた。
「お前は黙って俺に従えばいいんだよ」
苛立ちの露わな声でそう言って、一琉は夏生に無理矢理乱暴しようとしていた。
夏生は混乱して、シャツを剥ぎ取ろうとする一琉の手を跳ね除けてしまう。
「ご、ごめん、服部君、……でも、教室でなんて無理だよ」
弱々しくそう口にした夏生に、一琉が手を振り上げた。
殴られる、夏生がそう覚悟した時、教室の扉が再び開いて、明良が目を見開いていた。
「おっまえ、何やってんだよ!」
「…………」
一琉の胸ぐらを掴んで、明良が責める。
「なんで服部が夏生を殴ろうとしてんの?ちゃんと理由を聞かせろ!お前はそんな奴じゃないだろ!」
「宮野君……」
「宮野には関係ない。……こいつは俺のセフレだ。どうしようと俺の勝手だろ」
開き直って夏生との関係をバラした一琉に、明良は困惑し、夏生は泣きたくなった。
「セフレって……。夏生、本当なのか?」
「……」
何も言えない夏生の様子で察したのか、明良は一琉に向き直り、
「たとえセフレだとしても、夏生は奴隷じゃないんだ。服部が勝手にしていいわけないだろ!」
一琉は苦々しげに舌打ちして、明良の手を振り払う。
「そんなにこいつがいいなら、宮野がこいつを抱いてやればいい。俺と違って、優しくしてやりゃあいいさ。綿貫、良かったな。お前もその方がいいだろ?」
一琉の口から、聞くに耐えない言葉が出てきて、夏生は小さく蹲って耳を塞いだ。
明良は一琉の頬を殴りつけた。
切れた口の端を歪めて、一琉は荒々しく教室を出ていってしまった。
明良は拾った上着をそっと夏生の背に掛けて、小さな声で言った。
「あんな奴やめておけよ」
夏生はただただ悲しくて、じっとその場を動けずにいた。
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