第八話 三顧の礼

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 諸葛亮が劉中の邸宅に戻ったときには、劉備の帰った後であった。召使いの童子に、 「なぜ、留めておかなかったのだ」 と、問いただしたが、 「でも、孔明先生は、いつ帰ってくるか分からないだろ!」 と言われ、諸葛亮も、それもそうだと納得した。弟の諸葛均も留守であった。縁と言うものは、難しいものだ。もうすぐ、雪が降る。劉備殿は、春まで、やって来ないかもしれない、そう思った孔明であった。 数日後、政務に暇が出たため、廖化は龐統の屋敷へ行った。彼も放浪者で、留守かもしれない。しかし、劉備軍には、軍師が必要だ。 「士元殿。廖化元倹です」 玄関先で呼びかけると、奇跡的に、龐統は家にいるではないか。 「おう、元倹入れ」 入ったその時、また、奇跡がやってきた。そこには、諸葛亮がまたいたのだ。 「廖化、また奇遇だな。主よりも、その方との縁が強いか」 諸葛亮は、フフと笑い、廖化は、諸葛亮の前に膝まずいた。 「諸葛亮殿、このまま、私目と、劉備様のところへ行ってくださいませぬか」 「元倹、早まるな。劉備殿は、また、隆中へ行くだろう」 龐統と諸葛亮は、落ち着いた表情で、何やら地図を広げていた。 「この地図は、どうなさったのですか?」 「ああ、この地図は、西の商人から買った、中華全域の地図である。特に、益州・漢中が分かりやすく書いてある」 地図を見て、何を考えていたのだろうか、廖化は不思議と龐統と諸葛亮が、大きなことをしているように見えた。 「廖化、これから、俺と孔明は蜀と益州を早めに見て回り、帰宅する。劉備殿には黙っておいてくれ」 「しかし、冬でも隆中へ向かうと思いますが 」 「この度は、弟の均が居る。何とかなろう」 そう言って、二人早々と支度をし旅立ってしまった。 新野では、雪の中、劉備と関羽・張緯が隆中へ向かう準備をしていた。廖化は、劉備が行っても今は諸葛亮が居ないことは知っていたが、敢えて言わずにいた。何度も足を運んでいくことも、人に対する思いが伝わるからだ。  劉備が隆中へ着くと、童子に声をかけ、 「新野の劉備と申す者。先生は、おられますか」 「新野の劉備様ね。ちょっと待って」  中に呼びに行き、出てきたのは、若い男であった。 「新野の劉備と申します。諸葛先生でいらっしゃいますか」 「ああ、劉備様ですね、会いに来たのは、私の兄の方だと思います、私は、弟の均です。兄は、生憎、知人と遠方へ見分に行きました」 「そうでらっしゃいましたか。では、劉備が来た旨をお伝えくだされ。あと、この手紙もお渡しください」 「はい、承りました」 「では、また、訪問いたしますので」  劉備は、諸葛亮の弟、均が見送る中、雪の山道を帰って行った。  新野城へ劉備たちは戻ってきた。廖化は、敢えて、内容を聞かなかった。関羽と張飛は、虫の居所が悪そうな顔をしていた。 「兄者、これで、留守は二回目だぜ」 「劉兄、某は、諸葛亮先生は、新野城の城主であり将軍であるお方に対する、尊敬の念が無いと見えまする。あちらから訪問するよう、使いを立てればいいのです」 「弟たちよ、これは、先生を迎えるためのこと、もう一度、雪が解けたら訪問しようじゃないか」  関羽と張飛は、渋々了解している様子であった。 二〇三年春、曹操が、袁紹一族を討伐し幽州から北の辺境地に追いやったため、華北をほぼ統一。荊州近くの宛城に待機している夏侯惇に伝令を出し、南に進軍するよう命令を出していた。 劉表は、曹操の動きを知り、満を持して劉備に命を下し、新野に駐屯していた劉備は、夏侯惇を総大将とした、于禁・李典らと対立することになった。 「関羽、張飛、出かけるぞ」 「兄者、どこにだ?」 「隆中へ行くぞ」  劉中の言葉を出すだけで、怒り心頭の張飛に、 「いいか、これは、我々の将来がかかっているのだ」 「劉兄、一つ言わせていただきますが、あまりにも先生に気を使いすぎる。手紙も置いてきたので、こちらの意向は知っているはず。使いの者を出せばいいのです」 「ならん、軍師、もしくは、我軍の総指揮を任せる人物になるかもしれないお方に、そんな無礼はできない。会って迎え入れをするのだ」  頭を垂れた関羽と張飛に、意気揚々とした劉備の姿、今後が心配になる趙雲と廖化であった。  劉備たちが隆中へ出かけたその時、新野に龐統がやってきた。廖化は、龐統を見つけ、声をかけた。 「士元殿!お帰りでしたか」 「元倹。先程帰り、隆中からやって来たばかりだ。これ、土産」  おもむろに手渡されたのは、袋だった。 「これは、何でしょうか?」 「まあ、そのうちに必要な時がやって来る」  不思議な顔をする廖化であった。 「おお、それと、これを大切に持っていてくれ。荊州と益州の地図だ。お前も良く見ておいてくれ」 「士元殿、何故に俺に?」 「今後、荊州と益州は劉備玄徳の者になろう。その手中に収めるまでの布石を置くためには、英雄だけでなく、影の立役者が必要なのだ。元倹よ、お前は、世に名が出ずとも、戦の中でも過酷な場面、計略の中でも一番苦しい場面を引き受けられる男、頼む」  廖化は、龐統の言葉を聞き、頷いた。 「そのうち、劉備殿に、俺も仕官する。が、始めは身を隠して偽名で仕官をすることにするから、お前は喋らないようにな」 「あ、はい」  龐統の後ろ姿を見て、見送る廖化であった。おもむろに袋を見たが、紙が一枚入っていた。 『出れば討たれ、引っ込めば抜かれる世。平凡が一番良い』  廖化は、自分に向けて言っていると理解した。
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