第九話 博望の戦い

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「李典、宛に逃げるぞ!」 「葉城が目と鼻の先、なぜです?」 「そこはもう、攻められているだろう。関羽の右腕、周倉と関平がおらぬ。城は、ほぼもぬけの殻、してやられた」  張遼は、関羽の攻撃を何とか退け逃げたが、于禁が廖化の攻撃に苦戦していた。李典は、すかさず廖化に襲いかかり、于禁を助けた。 「もう少し手、于禁の首が捕れたのに……」  廖化は、初めての戦功を取れず、悔しがった。  夏侯惇の退却で、博望の戦いは終了し、十二万の曹操軍は、残る者はわずか数百のみであった。劉備軍の将兵は、皆新野城へと凱旋した。  この度の戦いの功績は、諸葛亮が一番の功とし、表彰を受け取り、軍師として改めて役職を与えられたが、諸葛亮は、固辞した。 「この度の戦い、とてつもない大勝利となりました。これは、ひとえに皆さんが、この若輩者の言う事を聞いて動いてくれたからです」 「いいえ、孔明先生の献策のおかげ、こうして大勝利を得ました」  劉備が深々と頭を下げた。諸葛亮は、劉備の借りていた剣を返し、 「私は、戦は劉備殿と義兄弟の足元にも及びません。剣はお返しします、そして、隆中に帰ります」  廖化がこれは関羽と張飛に対して、軍師として立ちまわることへの承認を確認しているのだと悟った。 「諸葛先生、我が主も、この度の先生の献策が無ければ、曹操に敗れていたと話しとります、どうか、お留まりください」 関羽が驚き、諸葛亮を止めた。 「我が兄弟、先生を疑っておりました。まさしく、天下の策士家、そして、天分を知る者。もう、反抗は致しませぬ、どうか、義兄の相談役となり、今後もご献策をください」  関羽は、地に頭を下げ、懇願した。それを見た張飛も、真似して床に頭を打ち付けた。各将軍たちは、皆、腕を組み拝礼した。 「み、皆さん、どうか顔を上げてください。わかりました。軍師として、粉骨砕身、劉備様のため、漢再興の夢のため努力いたします」  この時、初めて、諸葛亮が軍師として皆に認められた瞬間であった。  曹操は、夏侯惇の敗戦を聞き、非常に悔しがった。また、同時に、中原の豪族たちが曹操に反旗を翻し、袁家の近親の反乱など解決する問題も多くなった。荊州攻めは、ひとまず諦め、袁尚と争いを続けている袁譚と同盟を結び、華北の安定を図った。  新野にもその情報は伝わり、暫くは、曹操との争いも落ち着くと考えた。劉備は、諸葛亮の献策で、樊城に趙雲を配置し、周辺の賊や不安要素の排除、政治の安定を図る事とした。 この一、二年は、襄陽、新野、樊城付近の豪族や士族を回り、劉備軍の強化を図れる良い機会となった。 廖化は、二十歳を過ぎ、かつて親友であった、十八歳となったであろう馬兄弟を伊籍と共に、仕官の勧めを行った。襄陽の馬氏邸宅に訪問し、馬良、馬謖と面会した。 「季常、幼常。久しく」 「元倹殿、そちらは機伯殿でしたか。死んだ兄たちに変わり、私達でお力になれることがあれば」  伊籍は、今のところ、まだ劉表の家臣という位置づけであったが、劉備軍と深く付き合いをしており、のちには自分も劉備軍として仕官するという。  伊籍は、馬兄弟を連れ、劉備に面会させた。劉備は、大いに喜び、馬氏五常は荊州随一という話も聞いており、白眉と名高い馬良を、相談役に推薦した。馬謖も、大いに知略を身に着けており、将来有望であった。廖化は、 「かつて、親友であった者の弟たちです。どうか、重きに使ってやってください」  と、申し出た。伊籍も、この時におりを見て、劉備の家臣へと鞍替えをする心づもりだと話した。  馬泰に、廖化は、劉備への仕官を勧めたが、 「俺は、廖化殿の配下で戦う。俺の武と策を頼りにしてもらいたい」  と話し、廖化部隊に残った。  劉備は、伊籍と会い、 「劉表殿には悪いが、我らの仲間になってくれるというのはありがたい。伊籍殿、その時はぜひ、よろしく頼むぞ」  廖化は、一足早く荊州の人脈を辿り、将兵を集めていた。龐徳公の力もあり、兵士も多く集まった。龐徳公は、廖化の本来の親戚筋にあたる者で、龐統と並ぶ切れ者がいるとの情報を話し、廖化はその人物に面会することにした。その者は、南郡の武陵に住むという。 「関羽将軍、私の親戚で、高い知識を持つ者がいると噂があるため、武陵まで行ってきたいのです」 「そうか。よかろう、道中気を付けるように。連れを付けて行きなさい」  新しく指揮下となった、馬良と馬謖、道案内として伊籍と兵五十ほどと、廖化は武陵へと向かった。馬泰と熊、曜等精鋭と共に行軍するのは初めてだった。 「馬三兄弟が久々そろったな。頼もしいぞ」 「廖化殿、大将として、頼りにしてますぞ」 「やめてくれ、そういうことは得意ではない。どちらかと言うと、誰かの剣となり働く方が良い。俺は、凡夫だ」  そう言ったら、皆が、笑い出した。伊籍が、冗談交じりに、 「そりゃ、そうかもな。廖化は、我が軍で、武力や知力、政治、金持ちや酒を飲む量に至っても、一番秀でてる者で名が上がらないな」  廖化は、伊籍の言葉に腹を抱え笑った。 「ほんとだ、誰にも、何にも勝てるものが無いや。俺は、平凡で幸せだ。誰にも妬まれない」  その言葉で、また、周囲がどっと沸いた。この集団とは、皆、仲良くできそうだ。
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