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龐昂は、廖淳を兵士として使えるような者に育てようと、日々鍛錬を怠らなかった。龐徳公も、いつもの廖淳とは打って変わり、ヤル気が違うのを見て、もしかしたら、中華を震わす将軍へ成長するか、と考えたほどであった。大の大人を相手に、剣術、槍術、弓術、兵法を龐昂から学んだ。戦いには、多少の軍略も必要となる。五つ年上の龐統は、廖化に学問と、軍略をも教えていたが、最近の勤勉さに驚いていた。
「元倹、そんなに勉強をして、何になるつもりだ?」
「俺は、英雄の右腕となって戦う!」
「右腕、副将ってところだな。大将でなくていいのかよ」
「うん!」
「俺は、絶対軍師となり、大軍を操ってやるんだ!」
龐統は、龐徳公の弟分、司馬徽の門下生となり、徐庶や向朗と共に、天下人に通用する如く、軍略、政治学に通じていた。廖淳の剣といい、策略といい、呑み込みは早く、そこそこ才があった。鬼才とまではいかないが、それなりな者にはなるだろうと確信した。
一九六年、廖淳が十二才となったある日、襄陽でも、高い名士の家に龐徳公が訪問するということで、龐昂と共にお供することとなった。
「元倹、どこいくの?」
「蘭か。それしか言わないな」
「だって、気になるんだもの」
「名士の家に行くのに、付き添うだけだよ」
「行ってらっしゃい」
「ああ」
そう言って出発し、その名士の邸宅門前で、龐徳公等を廖淳は待つことになった。
中に入ること、ひと時すると、同年代くらいの名士の家の子が二人出てきた。
「龐徳公様のところの下人か?」
「下人とは失礼だ!廖淳と言う、ちゃんとした名がある」
二人は、見合わせて、廖淳に、学問、孫子、儒教などについて知っているかと質問してきた。相手は、自分の頭の良さをひけらかしたいらしい。ある程度答えたが、知らないことも多く、
「そんな問答をしに来たのではない、そしてオイラは、こっちの方が得意なんでな!」
腰に差してあった、木刀を持ち、兄弟の兄の方へ突き立てた。
「何を!二人を相手にするか!」
兄弟も、腰に差してあった木刀を抜き、二対一の戦いが始まった。確かに、一人であれば、廖淳の方が、力があり素早いが、二人の攻撃は息の合った、しかも、巧妙に隙を狙ってついてくる。廖淳も、負けじと二人に背後を取られないよう、動き回り弟の方の剣を落とし、兄の胸元に木刀を突きつけた。
「決着はついたな、観念しろ」
「やるじゃないか、ただの下人ではなかったな。俺らは、この家の子で、馬景伯常と馬噡仲常だ」
馬一族には、子どもが五人おり、長男と次男であるという。小さい時から皆鬼才であり、周囲の人は、将来有望だと「馬氏の五常」と言われ始めていた。
「お前たちもなかなか強かったぜ。オイラは、龐徳公様に拾われ、龐昂様に仕えている。廖淳元倹だ」
「俺たち、馬一族は、名士と言えど実力でこの荊州、いや、もっと高い地位を受けるよう、才を磨いているところだ。お前も、暇があったら、時々来訪するがいい。我々兄弟に、剣術を指導してくれ」
兄馬景が廖淳の手を握り、友情の証として自分の宝飾帯をくれた。廖淳は、やる物が無かったため、持っていた木刀を渡した。
友情を分かち合った、廖淳と馬兄弟は、その後、良くお互いの邸宅に足を運び、大いに遊び、お互いの得意なものを学び合った。馬景等の父、馬氏からは、多くの書物を学んだ。
龐徳公は、荊州の名門であったため、多くの資金を擁し、また私兵も雇っていた。大いに私兵で賊を討ってくれることから、荊州牧の劉表からは尊敬されていた。龐昂と共に、賊討伐に参戦することになった廖淳は、心なしか嬉しそうであった。
「良いか、お前はまだ十二才の小僧だ、大人とやり合うなど滅相も無い。いいか、お前は、輸送隊だからな。いいな」
龐昂に念を押され、後援部隊にいた。輜重隊の隊長は、範と言う者だった。廖淳は、範に対し、忠実に働き信頼を得ていた。劉表の兵からも援軍が来ていたが、後詰の兵は、荒くれ者が多く、見た目から殺気が漂っていた。
大将の甘寧は、不良の若者を集めて徒党を組み、仲間を派手に武装させていた。彼らの仲間たちは皆、羽飾り、鈴を常に携えていたので、巷の人々は、鈴の音を聞いただけでそれが甘寧一味と分かり怯えていたという。甘寧たちは、徒党を組み、派手な装いで外出し、陸路や水路を闊歩していた。
「廖淳、お前はあのような輩とは接するな。今後、どう道を踏み外すかわからん」
範は、廖淳の事を思い、助言した。廖淳は、軽く頷いた。
甘寧の上官、黄祖の兵が、甘寧の徒党と兵糧の分配で揉めていた。兵糧をたまたま運んでいた範に突っかかってきた。
「お、俺は何も悪くねえ、ただ、運んでいるだけだ」
「うるせえ、どっちの食料なのか、言ってもらおうじゃないか」
黄祖の配下と、甘寧の賊の間で、身震いをして範は言葉が出なかった。賊が、刀を抜き、範を斬りつけようとしたところ、廖淳は、持っていた鉄器農具で受け止めた。
「小僧、何しやがる!」
足で蹴飛ばされたが、体制を変え、木刀で賊に一撃を喰らわせた。もんどりうって倒れたが、廖淳は、他の賊に囲まれることになってしまった。
「まずい……」
逃げ場を失い、大人と対峙することになった廖淳は、冷や汗を流し木刀を構えた。
「やめとけ」
甘寧がそこに立っていた。冷酷なその眼、腕の太さ、殺気ある佇まい。彼とは戦ってはいけない。廖淳は、とっさに、膝をついた。
「申し訳ありません、上官が斬られそうであったため、とっさに守りました」
「おう、その太刀筋、なかなかいいものを持っているじゃねえか。童、俺のところに来ねえか?」
甘寧の誘い。廖淳は、冷や汗をかいていた。そこに騒ぎを聞きつけた龐徳公と龐昂が来て、
「何をしている!ん?廖淳、どうした」
龐徳公に声をかけられ、助かった。
「ちっ、親玉の物だったか、しかたねえ、野郎ども戻るぞ!」
甘寧の後姿は、とてつもなく大きく、隙が無い後姿であった。
「その気があったら、待ってるぜ、小僧」
去り際に、甘寧が言った言葉で、少し心が揺らぐ廖淳であった。猛者の配下でいることへの欲求が強かった。
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