第十話 長坂破の戦い

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 廖化は、昔、甘寧と合っている。それも、呂布の部隊に入る前に。 「お前、どこの誰だ?」  甘寧が言うと、 「我名は、廖化。若かりし頃、龐徳公様の家で世話になった者。荊州で甘寧殿を、この目で拝見したことがある」 「ほぉ。そう言われると、見たことがあるな。あの頃は、まだ小僧だったか」  二人の会話に、馬良が割って入り、 「この豪傑を、知っているのか?」 「ああ、十二才の頃、荊州の賊鎮圧軍にいた際に、見たことがある。この方とは、武で戦ってはならぬ」  廖化が戦う気が無いのを、甘寧は悟った。  しかし、彼が、昔の事を覚えていることに、驚いた。甘寧は、持っていた大刀を下げ、 「廖化よ、命は助けてやろう。俺ぁ、龐徳公様には、大分世話になってな。劉表と上官の黄祖には、全く忠誠はねぇが、あのお方だけは人中の徳人だと感じていた」 「甘寧殿、部下を斬ったことは申し訳なく思っています。身内が被害にあっていたので」  甘寧は、賊首長の屍を見て笑い、 「あいつは使えねぇから、斬ってくれてよかったぜ。武陵の太守で金旋って野郎が全く下衆でな、この賊を使い、そいつを懲らしめてやろうという魂胆だったんだが。それも、蔡瑁の命令よ」 「甘寧殿、では、これは、蔡瑁の策略だと……」 「ああ、そういうことになるな。正直、蔡瑁も俺は気に食わんが」  蔡瑁は危険だ、そう感じた。荊州は大きな街だが、人も多ければ、問題も多いのだろうと察した。 「廖化よ、我部隊に入らないか?俺は、呉に落ち延びようと思っている。お前もどうだ」 「呉、ですか?」 「ああ、孫家三代の繁栄があり、名士も多いが、武を持つ将が少ない。知人に声をかけられている」 「ありがたきお言葉ですが、主君の劉備殿、そして主の関羽将軍には只ならぬ恩があります。甘寧殿には、何度も、お誘いを受けており申し訳ありませぬ」 「おお、そうだったな、以前も断られた。あっはっは」  大笑いの甘寧に、胸をなでおろした。 「おい、この俺の部下をお前のところで使ってくれないか。おおよそ、二百の豪傑だ」 「甘寧殿、貴殿の兵はどうされるのですか?」 「兵は兵で、きちんと持っている。この度の賊をけしかける策は失敗で、こいつらも路頭に迷うはずだ。頼むぞ廖化」 「ありがたき、仰せのままに」 背を向け、手を振る甘寧を見送り、伊籍が口を開いた。 「廖化、お前は、あんな豪傑を相手に、よく話ができるもんだ。色んな所に知人がいるもんだな」  伊籍に笑顔で返し、 「戦場を渡り歩き、多くの将に仕えてきたからな」  伊籍は、廖化の経験の場数と、その数奇な運命を讃えた。馬謖は、 「馬一族は、歴戦の将を相手にしても策士家として恐れることは無いですが、あの身体から感じる畏怖、甘寧殿とは戦いたくないですね」 「本当だ。我等、束になっても勝てねえよ」  馬泰に目配せをしながら熊が言う。 「張飛殿とどっちが強いかなぁ」  曜が言うと、皆笑った。 廖化は、 「さあ、武陵に戻ろう」  伊籍と馬兄弟と手を組み、その場を後にした。  武陵の邸宅に着き、廖立に拝謁した。賊の本性は、甘寧の賊だったことは内密にし、大将を切り、鎮圧したという事だけを述べた。 「そ、そうか…… それは、大功だ」  馬兄弟の献策と、廖化の統率力が実を結んだことを、伊籍が述べた。 「(この若造達、もしかすると、将来大成するかもしれぬ輩かもな)」  廖立は、心の中でそう思った。 「廖化、伊籍、馬兄弟よ。お主らに兵千人と馬五百、金と絹を渡そう。造船の準備もあるから、必要な時は言ってくれ。将来、お主たちの主が大成した時は、某にお目通りさせてくれ」 「ありがたき!」 「そうだ、独り会って欲しい者がいる」  中年男が一人やってきた。頭を下げ、 「荊州江夏の出身で、現在は、益州の役人をしております費伯仁と申します」  知的な佇まい、切れ長な目、諸葛亮と並ぶ知恵者と思わせる者だった。 「我が甥の費緯、そして、零陵にいる蒋琬は、偉大な政治家となる男。貴殿の主が大成したら、ぜひ仕官をお願いしたい」 「おお、かたじけない!戻りましたら、主劉備殿に伝えます」  こうして、荊州の人材や兵を強化し新野に戻っていった。  
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