第十二話 赤壁の戦い

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「ふ、伏兵だっ!」  呉将、甘寧、凌統等の兵、劉備と劉封、糜芳、関平等の劉備軍が攻めてきた。船から逃れる兵を、次々と蹂躙していった。曹操は、側近に守られながら、烏林を抜けようと圧していた。 「呉の兵は、追ってこないか」 「殿、気づかれていないようです」 「よし、このまま谷を越え華容道へ進むぞ」  曹操が、馬に乗り谷へ向かおうとしたその時、後の兵が弓を受け叫びながら倒れた。 「常山趙子龍、ここにあり!」  曹操は、趙雲を睨みつけ、 「来たか、孔明の腰巾着め!」  趙雲から曹操を逃がすため、数十人がかりで近衛兵が趙雲に襲いかかる。趙雲の兵も二百騎ほどであったため、足止めを食った。 「曹操、逃げず投降せよ」 「知らぬわ!」  曹操は、谷へと逃れた。数里ほど逃げた辺り、谷の中腹まで進んだ時、趙雲の追手が来なくなったことに気づいた。 「程昱よ、追っては来ぬな」 「どうやら、近衛兵が抑えたようです」  谷の出口付近で、曹操は立ち止った。 「伏兵はおらぬか?」  魏将、李通と呂虔は、伏兵が居ないのを確認して、曹操を通した。曹操は、急に大きく笑い、 「孔明め、詰めが甘かったな、儂なら、この谷に伏兵を配置し、大将を根絶させる」  と、言いかけた時に、谷の後方から槍歩兵が、どっと押し寄せた。 「燕人張飛は、ここだ!曹操、その首よこせ」  曹操は、ぎょっとした目をして、 「ち、張飛だと!」 「殿、早く逃げられよ!」  李典と並走し、命からがら逃げた。曹操軍は、張飛にやられ、逃げた者、捕虜になった者も多く、数十騎を残すのみであった。  谷を越え、華容道へと入った。曹操は、飲み食いもできず、急襲されている疲労から、精神的にも、追い込まれていた。従軍する将兵も同じだった。曹仁の待つ江陵は、もう少し先である。 「と、殿…… あの林を越えれば、江陵城が見えてきますでしょう。もう少しの辛抱です」  曹操は、含み笑いをした後、力を振り絞って笑った。 「孔明、この曹操にはやはり敵わなかった。最後まで敵の首を追うために、再三、伏兵を配置する必要があるのだ。孔明よ、残念だったな、ふははは」 「殿、不吉であります、先ほども笑ったときに伏兵が」  程昱が諫めた時に、曹操は考えた。 「趙雲、張飛ときて、残るは……」  刀が地面に擦れる、チャリっという音がした。右側の広い平原地に、関羽とその兵たちが待ち構えていた。 「曹操殿、お久しゅう。待ち焦がれていたぞ、その首」 「ぐぇっ、か、関羽!」  曹操は、腰が抜けその場でへたりこんだ。  関羽に、側近が襲い掛かるも、一振りで斬られてしまった。 「曹操殿、最後に何か言い残すことは」 「関羽よ、ここまで来て恥を忍んで、懇願する。どうか、見逃してくれ」  関羽は、髭を撫で、 「それはできない。某も、軍律を守り誓約書を書いている故、処罰を受ける。また、見逃す理由もなく、過去に受けた恩は、白馬で顔良を斬り返したはずだ」  穏やかに言う関羽に、振り絞った声で懇願する曹操。 「そこを何とか、儂とお主の仲ではないか。天下に名を残す関羽殿を儂は尊敬し、丁重にもてなしたのだ。それが、今日は、この様だ。悔しさでこの者たちにも顔を上げられん」  曹操の武官文官共々、側近は皆涙を流した。 関羽の後ろで、廖化は、この一部始終を見ていた。関羽は、見逃さないだろう、そう思っていたが、関羽の様子が違う。明らかに、動揺していた。 「曹操、惨めなことは止めるのだ、さぁ、首を出せ」 「関羽将軍、どうか、許してくれ」  土下座をして、命乞いをする曹操に刃を向けられない関羽であった。周倉が、 「俺が斬る!」  と、前に出るが、関羽に制止させられた。曹操に歩み寄り、関羽は、 「曹操殿…… 行かれよ……」  と、小さくいった。関平が、 「父上、何故逃がすのですか!軍刑に処されます」 「良い!某は劉兄と義兄弟だ、死にはせぬ!」  廖化は、目を疑った。関羽の号令で、曹操軍に道を開けた劉備軍。廖化は、顔がやつれ、埃で黒くなったが、側近として居る者に声をかけた。あの顔は、張遼殿。 「張遼殿」 「高順の…… いや、今は関羽の配下か。恥を忍んでここを通らせていただく。一生笑いものにするが良い」  一将軍達が、誇りを棄て、命乞いをして惨めに逃亡する。そんな後ろ姿であった。廖化は、この二七騎ほどしかいなかった、敗戦の曹操軍を死ぬまで忘れることは無かった。  
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