第十二話 赤壁の戦い

4/4
56人が本棚に入れています
本棚に追加
/50ページ
 大勝に沸いた呉軍に混ざり、劉備軍は、夏口で関羽の吉報を待っていた。劉備は、諸葛亮に、 「関羽は、軍律に従うよう、請願書を書き曹操を討とうとしていた。それでも、関羽は義に厚い男。あのようにしても、曹操を見逃すのではないかと心配だ」 と諸葛亮に言うと、彼は 「空の星を見て天文を占う限り、この戦いでは曹操の命運はまだ尽きないようでした」 「孔明先生、まさかそれを知っていて……」  諸葛亮は小さく頷き、 「そうです、曹操の命が尽きない、それならば、ここで関羽将軍に、魏での義理を果たさせておけば良いでしょう、と思いました」  劉備は、諸葛亮に、 「先生の洞察には、感謝いたします」 「いえ、関羽殿が戻り、曹操を逃した報告の際は、私は、厳しく叱咤いたします。殿は、処分を軽減する懇願をしてください。そうすれば、関羽殿の自尊心の高さ、傲慢さを、私が今後、抑えらる命令ができるでしょう」  明け方、綱で自らを縛り、劉備の陣営に関羽はやってきた。関平、周倉は、関羽の後ろを付き添い、彼の歩みを補佐した。  諸葛亮は、 「関羽将軍、これはどういうおつもりでしょう」 「軍師殿、某は、曹操を華容道で討つことができなかった。それだけです。刑に処してくだされ」  劉備は、関羽の正直でない答えにため息をつき、 「関羽、曹操が華容道に入ったとき、側近二十数名だけだったという。そのような兵に、貴殿の精鋭二百がみすみす逃したとでも?」 「仰せの通り、この関羽、曹操の側近に行く手を阻まれ、捕り逃しました」  諸葛亮が、剣を取り、 「では、曹操をとり逃した罪、厳重に刑に処す!」  その、諸葛亮の言葉に、関羽も驚いたのか、とっさに、劉備に目を動かした。その光景を、廖化は見逃さなかった。 「軍師殿、お待ちください。将軍は、曹操の恩に報いたまで。次は、見逃しません」 「見逃したのですね。関羽将軍」 「廖化、余計なことを……」 「しかし、義に厚い将軍ですから、そうなることも予想できた。が、軍律は果たしてもらわねばなりません」  劉備が、諸葛亮の足元にひれ伏し、頭を付けて懇願した。 「我が兄弟は、義勇軍旗揚げから一緒であり、共に死すと誓ったのだ。関羽が死ぬのなら、私も死ななければならない。どうか命だけは、劉備玄徳に免じ処さないで頂きたい。この罰は、今後の戦の功でお返しすることでいかがだろうか」 「……殿が、そこまでおっしゃるのならば、殿に死なれては困りますゆえ、この度の処罰は、今後の功で返す事で収めましょう。今後、関羽将軍の部隊は、常に死地や最重要地に向かっていただくことにします」 「寛大な計らいに、感謝致します」  劉備と、関羽、張飛は、手を取り合い泣きながら諸葛亮に頭を下げた。劉備の仁とは、こういう事なのか、廖化は、深く知ることになったとともに、この義兄弟の忠義の根の深さは、誰にも隙いることは無いだろうと思った。  廖化の人生の中でも、一番大きな戦いであった。ここで起きた、主の行動、劉備の言動、諸葛亮の計らい、全てにおいて好転して、劉備軍にとって興隆期であったと感じた。  二六三年、八十歳に手が届く老人となった廖化は、邸宅で病に伏していた。姜維が北伐を決行させる上奏をしたが、黄皓に虐げられており、実行にならなかった。廖化も直々に、進言したが、話は聞いてもらえなかった。 「この国も、終焉を迎えるのだろうか……」  廖化の下に、歴史を書に記録する陳寿と言う人物が、良く通ってきていた。 今日も、邸宅に訪問し、 「廖将軍、先日は、赤壁の戦いまでお話を頂きましたが、その続きを聞きに来ました」 「若造、ほんと、儂の事を好いとるようじゃの」  彼は、陳式の孫で、蜀で役職にあったが、蜀の重臣黄皓に左遷され尚且つ、親不孝の偏見の目を向けられ、免職していたため、時間は大いにあった。 「廖化殿、その後、龐統先生は劉備軍に仕官したのでしょうね」 「ああ、叔父龐統は、確かに仕官した。が、それは、呉の魯粛の陰謀であった。間者となり呉に情報を渡していたのだ」 「えっ?諸葛亮殿の指名ではなかったのですか?」 「そう、しかし、劉備殿に間者であることを見破られ、正直に答えたそうだ。そして許され、その器の大きさに感服し、晴れて本当に仕官し副軍師として益州に出兵し、張任の前に散った」 「そんなことがあったとは……」  廖化は、少し咳をし、陳寿は、背を擦りながら水を与えた。  廖化も、高齢となっており、戦の大局は、つらいものになっていた。 今まで、邸宅にて、陳寿に、生い立ちから生涯を語ってきた。  そこに急使がやってきた。 「廖右将軍に、出陣の要請があります。宮廷まで、おこしを!」  廖化は、驚いた。まさか年老いた病人の自分に、魏との戦いへ出陣命令が下されるとは。 「陳、もしかしたら、我が国も、これで最後かもしれぬ」  そう言って、邸宅を後にした。廖化は、傷つき歴戦を潜り抜けてきた剣を持ち、宮廷に向かったのであった。 「荊州に落ち着いてから、益州に入るまでは、書に纏めたから、持って行ってくれ」  陳寿は、竹簡を車に乗せ、自宅へ持ち帰り読み漁った。 「廖化殿、まさに生きる伝説だ」  陳寿は、空を眺め呟いた。                          副将 廖化                             終了 スター特典 「太守 廖化」へと続きます。 ご覧あれ。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!