4話

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 心の中でうっと息を詰まらせた柚希の視線が光に向かっていることを確認した葛西が、光の表情を把握してこちらも同じように眉尻を下げる。 「こーちゃん悲しんでるよ、何でいやなのーって」  ガキか! と叫んでみたが、光は濡れた子犬のような目を柚希に向けるだけで、葛西の勝手なアテレコを否定する様子はない。光からの無言の訴えに柚希は目に見えて動揺し、それを面白がる葛西がさらに光を真似して上目遣いで柚希を見上げる。二匹の図体のでかい子犬の視線に柚希は堪えられず、ついに「行けばいいんだろ、行けば!」と吐き捨てて机に突っ伏した。 「よーし決まりー! いつでもいい?」 「いいよ。面白味は何もないとは思うけど」  先ほどまでの悲壮感はどこへやら、光は転校三日目にして王子様と名付けられた人物に相応しい笑みを貼りつけてそう答えた。  面白味がないと言いながら、頑なに柚希に来いと無言で訴えた真意は、光の心の中にしかない。静かに顔を少し上げ、光の様子からその答えを見つけようとするも、他人の感情の機微に疎い柚希に分かるはずもなく。柚希の視線に気づいたらしい光と視線が交わる直前に、慌てて再度顔を机に近づけようとして勢い余って机に顔面を強打した。  机のなかに学生であれば本来あるべき教科書等が入っていなかったせいか、思ったよりも衝突音が大きく響く。光に向かってあれこれ話していた葛西もさすがにその音に気付いたようで、葛西よりも先に何かを堪えている顔で音の発生源を見つめている光の視線の先を辿った。そこには、机に顔をべたりと貼り付けて耳の先までを林檎のように紅く染め、ぷるぷると小刻みに震えている柚希の姿。 「え……っと、今の音、まっすー?」  葛西の声に混じる震えはもはや抑えられるものではなかった。言い終わった途端に小さな爆弾が破裂したかのように葛西が大口を開けて笑いだし、柚希の機嫌を損ねないようにと必死に我慢していた光に伝染して音が二倍に膨らんだ。
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