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柚希は光の視線から逃れるようにまた俯いて、コクリ、と小さく頷いた。その反応に、誤魔化されなかったことに安堵したのか、光はほっとしたように息を吐く。
「なんで、ドラムやってるの? ピアノじゃだめなの? バンドでも、キーボードとか……」
「人前で弾けねえんだよ」
柚希の言葉をじっくりと吟味するように暫し沈黙し、光は恐る恐るといった様子で問い掛けた。
「……それは、ただ緊張するからってだけのことじゃ……ないよね?」
「……駄目、なんだ。何も考えられなくなって、指も足も頭も何一つ動かなくなる」
言いながら、その時の事を思い出して柚希は自分の両腕を掴んで縮こまる。
焼けつくような照明に照らされた自分へ、容赦なく突き刺さる数多の視線。震える手は鍵盤の上で固まり、何度も何度も練習してきた音譜は脳内の隅々まで探しても見当たらない。公開処刑と化した舞台で、絶望に染まる自分。
寒くもない、むしろ暑いこの教室で縮こまり体を震わせている柚希を見て、光は何かを察したのかすっと話を変えた。
「そういや、さっき弾いてた曲って誰の曲? クラシックでもないし……歌の旋律っぽかったから、ポップス曲のピアノバージョン?」
「…………即興曲」
「え?」
「……俺がさっき即興で作った曲」
酷く驚いた顔で柚希を凝視する光の反応に、変な旋律だったのではないかという不安と、自分で作った曲を夢中になって弾いていたことに対する恥ずかしさが柚希の中で湧き上がる。
適当に誤魔化しておけば良かったと今更後悔しても後の祭り。未だに固まったままでいる光に、柚希は耐えきれなくなってそっぽを向いてぼそぼそと口ごもりながら言った。
「いや……さっき言ったこと忘れてくれ。この話はもうやめ──」
最後まで言い終わらないうちに、突然光が立ち上がって柚希の前に立ち、勢い良く柚希の両肩をガッ、と掴んだ。
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