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3話
「まっすー!?」
そう叫びながら、息を切らした葛西が柚希の前に現れたのは、柚希が他校の生徒たちに絡まれてから半時間後のことだった。
「あ? どうした?」
他校の制服を着た生徒数人が、顔に血を走らせ死屍累々といった様相で倒れている中心に、柚希は無傷で立っていた。鼻から血を流している残りの一人の胸ぐらを掴み、もはやほぼ無くなっている意識を完全に落とすため、今まさに最後の一撃をお見舞いしようと引いた腕を止めて、柚希は葛西に問いかける。
柚希の問いかけに葛西は暫し荒い息を繰り返し、突然頭を抱えて跪いた。
「くそー! 間に合わなかったー!」
「何がだよ」
「久しぶりに! まっすーの! 喧嘩が! 見れると思ったのに!」
大袈裟な身振り手振りをしながら悲痛な表情で一言一言を区切って叫ぶ葛西に、柚希は顔をしかめ、「うるせえな」と呟く。
「情報が来た瞬間に飛び出てれば間に合ったのに……真面目なりょーたさんにはそんなこと出来なかった……」
「何いってんだ、現在進行形でサボってんじゃねえか」
ちらり、とゲームセンターの壁に設置された時計を確認し、柚希が呆れたように言うと、葛西はバレちった、と舌をちろりと出しながら笑った。
「で、どうすんの? それ」
葛西が指差す先には、柚希が胸ぐらを掴んだままの生徒の姿。柚希は、思い出したようにその生徒の腹に一発拳を叩き込み、胸ぐらを掴んでいた手を離した。べしゃ、という音を鳴らしながら床へ落ちた生徒は、完全に意識を飛ばしているようで、ぴくりとも動かない。
「うわあ可哀想」
「何が可哀想だよ。先に仕掛けてきたのはこいつらだ」
足元に転がる生徒たちを足で退けながら柚希が口を尖らせる。
まるで物扱いな生徒に少しだけ同情した表情で苦笑いしたあと、ふと思い出したように葛西が「あっ」と声をあげた。
「こいつら、最近ここにたむろってる新入生じゃない?」
「ん? あーそういやそんな話聞いたな」
「だからまっすーに喧嘩吹っ掛けちゃったのか~御愁傷様」
床に転がる生徒たちに向かって、なむなむ、と両手をあわせる葛西の頭を、手持ち無沙汰な柚希はぐしゃぐしゃと掻き回す。
「うわっちゃんとセットしてたのに!」
「もう崩れてたろ、変わらねえよ」
そう言って、柚希はクレーンゲーム機を指差して葛西へ問いかける。
「ほら、今日もやるんだろ?」
「やるー!」
一気に顔を明るくさせ、元気よく返事をして素早くお目当ての台を探しに行った葛西の後ろ姿を眺めながら、柚希は漸く落ち着いた自分の心を押さえて小さく安堵の息を吐いた。
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