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呻き声を発したのは、先程光たちに絡んできた理由を述べた男だ。鼻や口から血を流して白目を剥きながら柚希の前に倒れている。
思わず後ずさった光の横で、葛西があちゃー、と右手でこめかみを押さえる。しかしその行動とは裏腹に、手で遮られていない口元は笑いを堪えきれないような上がり方をしていた。
はあ、と息を吐いてこめかみから手を離した葛西が、他の二人が向かってくるのを待っている柚希に向かって声をかける。
「まっすー、やり過ぎ禁止だってー」
「殴りかかってきたからやり返しただけだ」
振り返ることもせず返事をする柚希に、葛西はまた呆れたような息を吐いた。けれど、やはりその口元から笑いが消えることはない。
「過剰防衛って言葉知ってる?」
「関係ない」
「あるってばもうー。ま、久々にまっすーの喧嘩見れてめちゃめちゃ嬉しいからいいけどー!」
本当に嬉しそうな声色の葛西を一瞥して、柚希は青ざめた顔の残りの二人へ向かってゆっくり歩き出す。
まるで化け物が向かってくるように柚希を見る男たち二人のうち、一人が何かに気付いた顔をした。
「お、おい! コイツもしかして、北高の益岡柚希……!?」
「……呼び捨てしてんじゃねえぞ、おい」
柚希の地の底から響いてくるような声に、男たちは顔を強張らせて一瞬息を止める。次の瞬間、「うわあああ!!」と情けない叫び声をあげたかと思うと、猛スピードで一斉に走り出しそのまま姿を消した。
残された柚希はチッ、と小さく舌打ちをし、光達へと向き直る。
「これでいいんだろ」
苛立ちの混ざった声色に光や女子二人が身を竦めるなか、葛西は笑みを浮かべながら柚希に向かって突き出した右手の親指を立てた。
「バッチリ! 転がってるのはどうする?」
「そのまま転がしとけよ、店員がそのうち来てどうにかすんだろ」
はあ、と溜め息を吐きながら柚希が怠そうに答える。床に転がっているその男たちを視界に入れることも一切せずに。
「……おい」
「な、なに?」
短く放たれた柚希の呼びかけに、光は柚希から目を逸らしながら答えた。その光の反応に、柚希の眉間の皺が深くなる。
「喧嘩もできねえくせに、こんなとこに女子連れてくんじゃねえよ」
嘲笑ではない、本気の怒りが含まれた言葉に、光は不甲斐なさからか無意識に唇を噛んでいた。
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