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「こーちゃんとは仲直りした?」
昨日、光と柚希の間に流れる不穏な空気を察知し、強引に一緒に帰らせた目的が達成されたかを確認するための葛西の問いを受けて、柚希は昨夕の出来事を思い出す。
───俺は、良い子じゃないから。
光が微笑みながら暗い感情を含ませてそう呟いた後、柚希は返す言葉がすぐに見つからず暫し閉口して目を泳がせた。何故光が自分は良い子ではない、と柚希に告げたのか、その理由が分からない。
そんな柚希の様子を見て、光は微笑みを笑顔に変えて押し殺したようなくぐもった笑い声を漏らす。
『ごめん、そういう返答は期待してなかった?』
『いや……というか、なんでいきなりそんなこと言い出したのか理解できねえ』
『え? 優等生ぶって人類皆友達みたいに不良に声かけんなよって暗に言ってると思ったんだけど、違うの?』
目を丸くして首を傾げる光に、柚希はこれでもかと言うほど眉を顰め、訝し気な表情で返答した。
『全っ然ちげえ』
『うっそ、じゃあ何でわざわざ聞いたの』
驚いた様子の光の言葉に、柚希が先ほど感じた暗い感情は一切無い。本当に柚希に話しかけるなと暗に言われたと思い込んでいたのだろうか。
『テメェだったらつるむ奴なんざ選り取り見取りだろ』
『そんな八方美人疲れるだけだよ。優等生はもう勘弁』
そう零して、光は小さく溜め息を吐いた。その口ぶりから、恐らく以前は優等生を演じて八方美人になっていたのだろう。柚希から見れば、今でも光は優等生のままのように見えるのだが。
話せば話す程、光の本心が分からなくなる。
柚希がもう一度本心を問おうと口を開きかけたとき、光がすくっと立ち上がった。
『俺、ここで降りるから』
開きかけた口でそのまま『お、おう』と返事をすると、光は柚希を見ずに、駅に到着してもうすぐ開くであろうドアの前に立った。プシュー、という聞き慣れた音と共にドアが開き、駅近くの繁華街からもたらされる喧噪と同時にまだ肌寒い春の夜の空気が電車内に入り込んでくる。
『じゃあ、また明日』
『……おう』
光の言葉に、柚希は目線を自分の靴に落としながら答えた。視線を感じなかったので、恐らく光も柚希を見てはいなかったのだろう。返答のあとすぐに聞こえ始めたホームを歩く音が、規則正しい間隔で少しずつ遠ざかっていく。またプシューと気の抜けた音を出しながらドアが閉まり、その足音も聞こえなくなった。
『……良い子じゃ、ない』
随分と乗客の少なくなった車内で、柚希は先ほどの光の言葉を口に出してみる。光が何を考えてその言葉を口にしたのかが分かるのではないか、と思った。しかし、柚希の言葉は光の放った言葉とは響きも重さも全く違っていた。
柚希にはわからないよ。
どこからか、そんな声が聞こえたような気がして、柚希は苛立ったように舌打ちをした。
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