4話

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「……良い子って、なんだ」 「え?」  考えていた言葉が無意識に唇を開かせた。質問に対しての返事を待っていた葛西が、唐突に放たれた言葉に素っ頓狂な声を出す。その声が柚希の回想を強制終了させた。 「良い子?」 「いや、違う。何でもねえ」 「俺が思う良い子はねー、まっすーと正反対の人!」 「てめえ喧嘩売ってんのか」  さらに続いた声で完全に我に返った柚希が即座に否定するが、柚希にとっては口に出すつもりのなかった言葉に対して、葛西がにやりと口角を上げて自身の答えを告げる。売り言葉に買い言葉のような形で柚希は思わず言い返してしまったが、別に柚希は良い子でありたい訳ではなく、葛西の言い分は世界中の誰が聞いても(もっと)もだ。 「まー正反対は言いすぎたけど、普通に考えるならこーちゃんとかだよね。誰が見ても良い子! って感じじゃん?」 「……まあそうだよな」  柚希だけが光を良い子だと思っているわけではない。その証拠に、葛西も一番に光の名前を挙げた。おそらく他のクラスメイトに聞いても、真っ先に光の名前が挙がってくるだろう。  光は何を思って良い子じゃないといったのか。光の中の良い子とは何なのか。  普段ならこんなことどうでもいい、とすぐに流すはずなのに、何故かあの光の言葉が柚希の心に引っかかって外れない。外そうとしても、光の言った意味が分からない。外れないから、もやもやが晴れず気持ちが悪い。 「で、仲直りしたの?」 「知らねーよ」 「知らないわけないでしょ、張本人なんだから!」 「知らねーって。あいつに聞けよ」  しつこく食い下がる葛西から顔を背けてそう言ったとき、ちょうど教室のドアから件の人物が俯きながら入ってくるのを柚希の視界が捉えた。下へ向いていたその顔がゆっくりと上がって目が合う直前、咄嗟に柚希は目を逸らして気付かないふりをする。目線を外す前に少し見えた表情は、昨日の暗さによく似ていた。 「あ! こーちゃん! おはよー!」  一拍遅れて光に気付いたらしい葛西が、ぶんぶんと手を振りながら光に声をかけた。光に視線を戻すと、暗さを微塵も感じさせない爽やかな笑みを浮かべている。 「おはよう、涼太。柚希も、おはよう」 「……おう」  何事もなかったかのような光の態度に少し戸惑い、柚希は短く一言だけ返す。その様子を見て、葛西は何かに納得したような表情で「よかったよかった!」と嬉しそうな声を上げた。
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