4話

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 光が柚希の前の席へ腰掛けると同時に本鈴が鳴り、担任が教室に入ってくる。ざわついていた教室内の音量が少し下がるが、それでも騒がしいままだ。担任はそんな生徒たちに注意することもなく、慣れた様子で出席と取り始めた。いつもと何ら変わらない朝の光景。違うのは、自分の心の中だけ。  柚希もいつものように左肘をついて頬に手を当て窓へ顔を向けながら、目だけを光の方へ動かした。光も柚希と同じ体勢で窓の外を見ているが、手で顔は隠れ、表情は読み取れなかった。  ───なあ、何であんなこと言ったんだ。  聞いてしまいたい。昨日のあの表情の訳を。どんな気持ちでそう告げたのかを。自分の心に引っかかって外れないもどかしさを埋め込んだ、あの言葉の意味を。  だが、柚希から訊ねることで、自分が光を気にしていると思われるのは癪だった。だから、少しでも昨日のことについての話題が出れば、と柚希は考えていたのだが。  その日一日、光は昨日のことを一切口にしなかった。葛西も朝の二人の様子を見て、心配は要らないと判断したようで、光に投げかける話題は全く関係のないものばかりだった。帰りのSHR後、目の前で繰り広げられている、ボケをかまし続ける葛西とそれを見てけらけらと笑う光を嫌々ながらに視界に入れながら、いつもは何かあれば納得するまでしつこく聞いてきやがるくせに、と柚希は舌打ちをした。 「そーいえばさ」  ひとしきり光を笑わせて満足したらしい葛西が、何かを思い出したかのように光に問いかけた。 「こーちゃんっていつピアノの練習してんの?」 「練習? 基本的には家帰ってからかな。でも、先生に学校で練習していいって言われたから、これからは学校でやるつもりだけど」 「それって、俺らが見てても邪魔じゃない?」  光はぱちくりと目を丸くさせ、何度か瞬きしてから女子たちが見れば卒倒するような爽やかな微笑を浮かべて答えた。 「見せられるようなもんかは分からないけど、お好きにどうぞ」  俺ら、の部分で嫌な予感がした柚希がこそっと席を外そうとするが、目にも止まらぬ速さで葛西の腕が柚希の手首をがっしり掴む。遅れて葛西の顔がぐりん、と柚希の方を向いた。晴々しいほど満面の笑みに少しばかりの意地悪さをブレンドした何とも腹立たしい笑顔に、柚希は葛西の言わんとしていることを理解した。 「じゃあ見に行く! まっすーも一緒ね!」 「ふざけんな、俺は行かねえ!」  即座、むしろ葛西の言葉にほぼ被せるように拒絶の言葉を出せば、光の顔が少し曇ったように眉尻が下がった。
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