4話

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「笑ってんじゃねーぞ!!」  ガバッと顔を上げた柚希の顔はいうまでもなく真っ赤だが、思い切りぶつけた額はさらに色濃く円い痕が残っている。それを見て、二人の声のデシベルはボリューム調整のつまみを誤って最大まで回したかのように格段に上がった。 「ぎゃはははっ!! まっすーそれは反則っ! 反則すぎる!」 「ぶふっ……無理、笑い、止まら、な、っひ」  文字通り腹を抱えて過呼吸気味に息をしながら、葛西と光はもはや腹痛による苦しみで涙の滲む顔を歪めるほどに笑い続けている。柚希は恥ずかしさと怒りで正常な思考を投げ出しており、その場から逃げ出すことすら出来ず獣の唸り声を口から吐きながら再度机に突っ伏した。今度はきっちり両腕を緩衝材にして。  どれくらい経っただろう。声が聞こえなくなり、代わりに苦しそうな息の音が聞こえ始めた頃、やっと柚希がもう一度顔を上げ、二人の様子を伺う。光は横っ腹を押さえながら椅子の背凭れにぐったりともたれ、葛西は「犯人は……まっすー……」と呟きながら虫の息で床に仰向けにぶっ倒れていた。何がそこまで二人のツボにハマったのか柚希に全く分からなかったが、とりあえず床でのびている葛西の横っ腹を五割程度の力で蹴っ飛ばし──蛙が潰れた声が聞こえたような気がした──俯いている光の額に凸ピンを食らわしておいた。  少しだけすっきりした気持ちを鞄と共に抱えて教室を出ようとすると、ぐん、と鞄の紐が後ろから引っ張られた。 「っおい──」 「これ、明日やるから」  振り返った柚希の眼前は真っ白に塗られ、それと共に叩かれたような衝撃が来る。視界を遮る遮蔽物を掴んで顔から離すと、まだやや涙目の光が唇を引き結んで柚希に強い視線をぶつけていた。その視線から逃れるように掴んでいる遮蔽物をちらっと確認する。 「これ……」 「気に入らなかったら、好きに変えてくれていい」  そう言って光が柚希の腕ごと柚希の胸へそれを押し付ける。光が手を離してもそれが柚希の胸から落ちないことを確認して、光はやっと口角を上げた。 「ばいばい、また明日」
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