4話

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「なんでわざわざここに持ってきたんだよ」    不機嫌さを存分に滲ませた声色で柚希は隣に立つ光へそう言った。  光からあるものを押し付けられた次の日、SHRが終わって皆がぞろぞろと帰り始めてすぐに、旧校舎の音楽室にドラムを持っていく、と光から伝えられた。  軽音楽部の活動はないと聞いていたが、事前に光が軽音楽部の生徒に根回ししていたようで、部室の鍵を開けてくれていた。さらに運ぶのを手伝ってくれるとの有難い申し出もあったのだが、光は二人でやるので大丈夫だとその申し出を優しく突っぱねた。そのせいで、柚希は光と共に何往復かして、ドラムセットを視聴覚室横の軽音楽部の部室から旧校舎へと運び込む羽目になり、への字に曲がった口は往復回数を重ねるごとに角度を増した。  最後にスネアドラムを旧校舎の音楽室に運び終え、額に溜まった大粒の汗を腕で拭いながら、柚希は口を尖らせた。 「視聴覚でやればいいだろ。ピアノだってあるじゃねえか」 「他人の目があまりないところでやりたいし」 「だからって終わったらまた運ばなきゃいけねえんだぞ」 「それは心配ないよ、このドラム俺のだし」  全く予想していなかった答えに、は? と柚希の目が点になる。このドラムが光のものとはどういうことなのか。 「正確にいえば俺の父さんのやつ。昨日の放課後に運び込んで、とりあえず軽音楽部のところに置かせてもらってたんだよね」  他の人にここ知られたくなかったし、と付け加える光が、ピアノを弾く準備を手早く終わらせ、椅子に腰かけながら柚希に微笑みかける。心のうちを読まれたようで、柚希はむすっとした顔で光から目を逸らした。そのまま運び込んだドラムセットをピアノから一番遠い教室の隅に動かし、ドラムイスに座って位置を調整する。 「なんでそんな端っこにいくの」 「うるせーからだよ」 「そんな音量でないよ」 「ドラムの音がだよ、これでもつけてろ」  未だに仏頂面の柚希が、光に向かってポケットに突っ込んでいた物を投げる。態勢を崩しながら何とかそれを掴んだ光の手の中には、小さな筒状の金属の入れ物があった。蓋を開ければ、中には少し形の変わった恐らく耳栓のようなものが二つ。 「これ……」 「……予備用で一回も使ってねーから汚くねえぞ」  光が躊躇う様子を見て、もしかしてこいつ潔癖か、と勘違いした柚希がぼそっとそう呟いた。光は驚いたように柚希を見て、口元を緩ませてくくっと笑った。
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