常連さん

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常連さん

オープンして、2時間。 そろそろあの方がいらっしゃる頃だろう。 そう思い時計を見る。9時になるまであと1分。 秒針が丁度12になったとき、 カランカランと扉の上に掛けてあるベルがなった。 「いらっしゃいませ。今日も9時丁度ですね。橋本さん。」 「あぁ…それに今日は大事な日だからの」 「橋本さんの奥様の命日ですね。」 「そうさ…天国で元気にしてるといいのだか」 「元気にしていますよ。」 この方は、常連さんである橋本さん。 昔は奥様と一緒に来られていたのだか、3年前、病気で奥様が亡くなった。 その時カフェに来た橋本さんの世界は、絶望の世界だった。 当たり前だ、愛していた人が亡くなり、悲しいなんかで表せない世界が広がっていく。 まさに“絶望“。僕も橋本さんと同じ世界で生きていた。 「パンケーキ1つとコーヒー頼むよ」 「かしこまりました」 橋本さんは、いつものカウンター席に座る。 カウンター席は、椅子が6つあり橋本さんは、いつも一番左手端に座る。 昔からずっとこの席に必ず座る。 理由を聞いたとき、 「ここで、婆さんに出会ったんだよ。まだ、君のお父さんが働いている時にね…」 そう橋本さんは応えた。 パンケーキは、橋本さんの奥様の大好物だ。 奥様の誕生日にだけ特別に食べるらしい。 「お待たせしました。パンケーキとコーヒーです。」 「ありがとう…」 橋本さんは、パンケーキをカウンターテーブルに置いた。橋本さんは、カメラでパンケーキの写真を取る。 奥様が亡くなる前は、笑顔でパンケーキと一緒に映る奥様の姿があったのに。 「桜木くん…」 「はい…どうなさいましたか」 「今私の世界はどんな世界だ…」 突然橋本さんが、聞いてきた。 僕が、これまでどんな世界で生きていたのかが見えることを話したことがあるのは、橋本さん含めて2人しかいない。 どうして話したとかは、あまり覚えていない。 気づいたら橋本さんに、話していた。 「今の世界…ですか」 「あぁ、どんな世界だ。私はもう絶望はしておらん。ずっと絶望の世界にいたら、婆さんが悲しむだろう。」 「そうですね…でも大丈夫です。今の橋本さんの世界は幸せな世界です。」 「良かった…」 「お孫さんが産まれたんですか。」 「そうなんだよ…可愛いんだよ。婆さんにも孫の顔を見せたかったなぁ…」 橋本さんに出会って気づいたことがある。 これまでどんな世界で生きていたのかが、見える僕だったが、それは違ったみたいだ。 その時の感情の世界も見えるみたいだ。 これまでの世界が見える人はずっとその世界で生きている。 それが幸せや嬉しい世界だったら良い。 さっきの社会人男性みたいに。 けど、橋本さんのように、絶望や苦しい世界の人はその籠から抜け出せていない。 ずっとそんな世界では生きていけない。自ら一歩踏み出す勇気がなければならない。もしその勇気が出ないのならば、家族や友達から抜け出すきっかけを見つければ良い。 橋本さんはその籠を抜け出せたのだ。 「絶望の世界から抜け出せて良かったですね。」 「そうだな…可愛い娘のお陰だよ。」 そう言って、橋本さんはパンケーキを口に運んだ。
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