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クロマノールに病の兆候が訪れたのは、わずか十歳の時だった。はじまりは左足の先から。ニグラム、その黒い闇は、かれの小指を豆粒ほどのみ侵食した。最初にそれに気づいたのはかれ自身ではなく、おれだった。小さな影でも落ちているのかと思ったおれは、まだ細く、節々が丸くて柔らかな子供の手でその黒を指さした。声はまだかん高いままだったと思う。
「なにかついてない?」
クロマノールは少しめんどうそうに髪をかきあげてから、おれの指さしたほうを見た。そしてならぶピースの中で一つだけ真反対を向く不整合に気がついたかのように少しだけうっとうしそうな顔をした。右手に持っていた柔らかなタオルを押し付け、多少荒い手つきでこすった。おれたちは風呂上がりだった。
「とれない、な」
かれはそう言っただけだった。おれは何の気もなしに、それじゃあ、と元気に声をかけた。
「これでも使えよ」
おれは作ったばかりの魔法薬を差し出した。昨日の午後の授業では、魔法で洗剤を作る課題が出た。クロマノールは手先が不器用だったので、完全に失敗していた。器用さが必要ない作家になるから良いのだと言い放って、周囲を驚かせたのは今朝のことだった。作家科は学年全体の中でわずか五人にしか許されていない特別枠で、なると言ってなれるものではない。しかし、子供の無邪気なプライドが、かれにそう言わせた。おれはというと、剣士になるつもりだった。
そしてこれはその四日後に分かったことだったが、クロマノールは世界の痣に罹患していた。移る病ではないが、治る病でもない。
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