第一編

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 ◆  葡萄色をした空の中央に青い月が浮かび、ぼんやりと光っている。おれは月の中ではいっとう青が好きだった。白も悪くないし、黄月も風情がある――人気の色だ――しかし、やはりいちばんは青。濃い紫の中に埋もれるようにして輝く青の月はまるで壁画に埋め込まれた宝石のように、調和のとれた、しかしよく主張する光彩を放つ。この月の浮かぶ季節のあいだは夜風もあたたかくて、なにより獣が活発に動く。おれの稼ぎ時でもある。  一度息を吸って、おれは両手を鳥のように広げてみせた。二つの手のひらの中に風が集まっていく。一瞬バランスが崩れ、おれの下にいる生き物が機嫌を悪くしたのを感じる。空を自在に進めるようになったのは二年と少し前、それから何度も、それこそ毎日空へと向かっているが、この感覚は飽きることがない。 「まて、ほら、もうすぐおれの故郷だ」  アンバランスに揺れていた両の手を獣の首元にあてる。逆立つような毛並みの震えは数秒で収まり、おれは胸まで、身体いっぱいをこの愛しい生き物の背中とくっつけた。こいつには心臓が四つある。その、別々のリズムで鼓動を打つ四つの心臓が、複雑に脈打っていた。左の比較的小さなサイズの心臓が、獣の感情と強く同期していることをおれは学園で学んで知っている。すこし乱れているが、ひどく不整脈と言うほどでもない。ある程度落ち着いているのを確認して、おれは声かけをする。 「さぁ行け、ノール、あの光の方へ」  あの光の方へ。おれの故郷へ。  獣はおれの声の通りに空を駆けた。鋭い爪がのぞく力強い足は風を生み、滑空し、わずかばかりの淡い光を空に残す。まるで流れ星を生むようにみえるこの特性は、自然界においては目立ちすぎる。それがゆえに強い個体しか生き残れない。この種を月馬と呼ぶ。  馴らすのには骨が折れたが、飛鳥とも龍とも違う、この天翔ける感覚は悪くない。最高だ。  これがおれの、劣等感と引き換えに得た、数少ない才能の一つだった。
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