第一編

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 ◆  この本が、何百年も先、すべての克服が終わった頃に読まれることを想定して(これは壮大すぎる望みだろうけれど)、おれは少しだけ当たり前の解説を加えてみようと思う。  一、この世界には魔法という、    どうにも体系立たない不思議な術があること。  二、魔法を使うには魔力が必要であること。  三、魔力はどんな生き物にも宿るが、個体差が大きいこと。  個体差があるとはいえ、生き物の種類によってある程度の魔力の幅は決まっている。たとえば小型のリスには大した魔力はない(せいぜい頑張っても胡桃を割るくらいのものだ)が、多数の人間は学園での学びを通じてそれなりの魔法を使いこなせるようになる。人間の中で最も低等の部類でも、胡桃か、ちょっとした木片ぐらいまでは、たぶん砕ける。  とはいえ、動物全体のなかでみれば、人間の持つ魔力の等級は比較的低い。にもかかわらず繁栄することができたのは、やはり人間だけが持つ「文字」や「学習」の力だろう。大型の生き物は、より魔力を多く保有する傾向にある。たとえば龍や月馬がそれだ。  四、人間の子供はかならず孤島のマルム学園で、    六歳から十八歳までを過ごす。    成人まで外には出られない。一部の例外を除いて。  門を超え、驚いたような同級生の顔にいくつか出くわす。月馬が珍しいのだ。おれはこのマルム・デトゥルーデ学園の中等部の生徒だった。  今回得た、鷲のような下半身と、梟のような翼と瞳、そして多少猫のように愛らしい顔をもつ月馬は、馴らすのが難しい。言うことを聞かせること、主従関係を結ぶこと、好かれること、その全てが難しいのだが、なによりもこの生き物はまず出会うのが難しい。だから、すぐれた獣使いのところをいくつか周っても、まったく情報がなかった。古典のような古文のような文献を探し当て、足りないところは空想で補い、粘り強い反復を経てなんとかここまで馴らした。とはいえまだまだ絆が足りない。 「ピタ! また戻ってきてたのか」  初等部のころ寮で同室になったことのあるマルカルが、おれを見て、次に月馬を見て、目を丸くした。なかなか気持ちがいい。マルカルは古代科に配属されていた。  五、マルム学園は、古代科、戦士科、楽師科、薬師科、作家科、    獣使い科の、六つの科に分かれている。 「なんとか。こいつを手に入れて、一旦はいいかなって。そっちは変わりないか?」 「ない、ない。ずっと呪文を覚えて、試してみて、の繰り返し。出来ても出来なくても、その理由が全然わからない、っていう始末でさ。戦士科か楽師科への転科も考えたんだけど……」  なかなかそうもいかなかった、とマルカルの表情が告げていた。おれは少しだけ気を良くした。転科の話を目の前でされること、昔のおれなら耐えられなかっただろう。でも今はなんともおもわないし、マルカルも気にしないでくれている。 「あ。ひょっとしてクロマノールのところ行く?」 「うん。こいつ、ノールって名付けたから」  月馬の手綱を引くと、ノールがふんと鼻を鳴らした。 「相変わらずだな」  マルクルはそばかすの浮かぶ頬を緩ませ、最後に月馬を見上げてから、いいなぁ、と声に出した。 「一生かけても、おれは触れないだろ?」  おれは何も答えずに微笑んだ。
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