胃小学校

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胃小学校

 長い落下の後、主人公達は胃に到達し、そこで溶かされた。それは咀嚼とは異なる感覚を主人公達に与えた。服装は自由だったが、主人公達には授業という溶解に遭った。それは主人公達の意識を空間に溶け出させていった。主人公達は永遠に続くのではないか。と感じられる程の長い授業の間、無意識になることがあった。新たな知識を与えられるに従って、その情報が頭の中を満杯にして、化け物の中にいる。という根本的な問題への思考を追い出した。  主人公はそれに必死に抵抗していた。周囲の子供達の漫然とした調子を目の当たりにすることで、問題意識は大きくなった。そしてそれが最も大きくなったのは、ももちゃんに再開した時だった。  ももちゃんは胃の底の方で漂っていた。その眼差しは風呂にでも浸かっている時のようにぼんやりとしていた。主人公が「ももちゃん」と呼びかけると、ももちゃんは穏やかな笑顔でそれに応えた。 「やっぱりここにいたんだ」 「そうだよ」 「大丈夫?」 「何が?」 「すっごく辛いじゃん。ももちゃん達はずっとこんな目に遭っていたんでしょ?」  主人公が尋ねると、ももちゃんはまた「そうゆうもんだよ」と答えた。主人公は久しぶりに心底寂しい気持ちを味わった。 「それより遊ぼうよ」と言われて、主人公はそれに応じて、テレビゲームのコントローラーを握ったものの、それも問題意識を頭から放り出す時間を増やすだけで、主人公をむず痒い想いにさせるだけだった。  しかししばらくして、主人公の孤独を癒す人物が現れた。その子供は、ももちゃんが紹介した遊び仲間の一人だった。 それは「権堂元太」という名前の恰幅のよい男の子だった。「ガンちゃん」とあだ名を付けられた、所謂ガキ大将のその子供は、仲間達のリーダーとして、余暇だけでなく、時には融解に遭っている最中に主人公達を様々な遊びに誘い出した。そのほとんどは化け物を内側から懲らしめる内容だった。主人公達はガンちゃんの先導で、校舎の屋上から子供の人形を落としてみたり、給食室の大鍋の中に虫を入れたり、校長室に点火させた爆竹を投げ入れたりした。  主人公は胃の中でガンちゃん達と一緒に暴れながら、自分とガンちゃんが似た者同士だと思っていた。ようやく孤独を分け合える仲間が出来たと喜んでいた。しかし徐々にそれが杞憂だったことを理解していった。主人公は化け物から出る為に暴れる。しかしガンちゃんは化け物が嫌がる様を見る為に暴れる。二人の行動は動機を違えていた。 「これで自由になれると思う?」  一度、自分の見出した結論が思い過ごしであることの証拠を欲して、廊下にサラダ油を撒いている時に、主人公はガンちゃんに尋ねた。しかしガンちゃんは、主人公が思い描いていた最悪の想像を現実のものとした。 「なれないでしょ。でもここにある全てのものがおもちゃだと思えばいいじゃん。そしたら楽しくない?」  周りの仲間も「うんうん」と頷いた。 「そうだよね」と主人公が取り繕ったのは、皆と離れるのが嫌だったからだ。主人公は仲間達に対して、同じクラスの子供達のように内心で嘲笑する程薄情にはなれなかった。主人公は仲間達に、排泄物と同じような温かさを感じていた。その温もりは、主人公をそのコミュニティーに留め続けた。  問題意識と仲間達の持つ引力の間で揺れながら、主人公は悶々とした日々を過ごしていたが、やがて全ての問題を解決する方法を思い付いた。それは仲間達をけしかけて、化け物に内側から穴を開けるという方法だった。そうすれば仲間達が楽しみながら、自分は化け物から出て行くことができる。主人公は心臓を高鳴らせながら、直ぐにアイディアを具体化させていった。  計画を伝えると、ガンちゃんは二つ返事で乗った。計画はガンちゃんの口から皆に話され、仲間達は即座に計画の準備に取り掛かった。  主人公達は夜中集まると、皆で校舎の窓ガラスを割って回った。なるべく教室の中に散乱し、授業ができなくなるように工夫しながら、ガラスを砕いていった。  主人公達は校舎を通過して流れて来る風を浴びながら大笑いした。教室のガラス片に月が映っていた。  しかし胃に付けた傷は浅かった。傷は直ぐに塞がり、授業は再開された。またガンちゃんがいなくなっていた。主人公達が探しても見つからず、リーダーを失った主人公達は過激な遊びをしなくなっていた。 「どこ行っちゃったんだろうね。ガンちゃん」  仲間達全員にとって詰まらない日々を過ごしていた頃、主人公はももちゃんに言った。 「分からないけど、噂では他所にいっちゃったみたいだよ」 「他所って?」  主人公は目を輝かせて聞いた。もしかしたらガンちゃんは本当は自分と同じように化け物から出たがっており、秘密裏に胃から出る術を見つけて外に出たのかも知れない。と主人公は思ったのだ。しかしももちゃんは「さあ・・・」と漫然と言っただけだった。主人公は様々な子供達にガンちゃんの行き場所について尋ねたが、噂の元には辿り着けなかった。  仲間達は益々胃に溶かされていった。意識が薄まってゆくことに抵抗しない仲間達を見て、主人公は何度もまた大掛かりな計画を持ち掛けたが、皆ガンちゃんのように消えてしまうことを恐れて賛同せず、主にゲームに時間を費やした。  部分的ではあるが幸せを共有していた仲間を失った反動で、主人公は以前にも増して孤独を感じるようになり、排他的になっていった。周囲と同じにはなるまいと自分から周囲の子供達に対する嫌悪感を露わにして、周囲の子供達と距離を置いていった。  その対象にももちゃんも含まれていた。ももちゃんは露骨に態度を変えた主人公を心配して寄り添おうとしたが、主人公は特にももちゃんを忌避した。それは自分を他の子供達と同じような腑抜けた人間の輪に引き入れる力を最も持っていたのは、他ならぬももちゃんだったからだ。少しでも気を緩めれば、ももちゃんへの恋心が主人公の帰属欲求を否応なく高め、抵抗せずに意識を化け物の胃に完全に溶かされてしまいそうだった。  主人公は胃の中で化け物からの出口を探していた。しかしそういったものはどこにもなく、主人公には溶かされながら問題意識を持ち続けるように頭を悩ませることしかできなかった。  胃にやって来てから5年経った頃、ももちゃんは胃の底に消えていった。主人公は見送りには行かずに、ただ排泄物を握り絞めていた。
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