十二指腸中学校

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十二指腸中学校

 一年後、主人公は胃の底から十二指腸に流れて行った。相変わらず友達はできず、主人公はももちゃんに会いに行くこともしなかった。主人公の目には最早、周囲の子供達が亡霊のように見えていた。彼等からは意思を感じることができなかった。それどころか、主人公は周囲の子供達から排泄物や化け物と同じような腐臭が漂い始めていることを感じていた。  化け物の十二指腸の中で、階級が生まれいった。胃にいた時も学年によって威張っている子供がいたが、同じ学年の子供達の中で生じる様を見るのは主人公にとって初めてのことだった。階級が上の子供達は、自分の存在を周囲にアピールすることによって、自分の影の中に下の階級の子供達を追いやった。  主人公は十二指腸の端の方からクラスメイト達を憐れんだ目で観察していたので、階級が出来ている理由を理解していた。それは異性に対してよく見られようとする気持ちの表れだった。  主人公は自身にも異性に対する意識の変化を感じていた。それは胃にいた時の比ではなく、もっと肉体的な欲求だった。  主人公は自分の下半身から上り始めた、排泄物や化け物や周囲の子供達に似た臭いに心底嫌な気持ちになっていた。主人公は異性への好奇心が自分をももちゃんを含めた異性に近付かせることを恐れていた。それはももちゃんを含めた異性は皆、意思を持たない奴等の構成員だからだ。  主人公は生える度に陰毛を千切り取った。しかし陰毛は次々から次へと、本数を増やしながら生えて来るし、顔の輪郭は骨ばってゆくので、変化に抗うことはできなかった。主人公の身体は確実に大人の男に変貌しつつあった。  十二指腸内のありとあらゆるところに、化け物が罠を張り巡らせていることを主人公は理解していた。異性への興味を抱かせることもその一つであるので、主人公を苦しめていたが、最も主人公の心を脅かしたのは、元々からある大多数の意志を奪われた者達の発する温かみだった。  今や排泄物の発する温かみでさえ、主人公にとっては化け物による罠に思えていた。主人公は排泄物から離れようとしたが、排泄物は主人公に張り付いて離れなかった。それでも主人公は排泄物から、そして周囲の子供達から逃げ続けた。  やがて主人公は、自分以外の全てが化け物である。と考えるようになった。ももちゃんもクラスメイト達も排泄物も全てが十二指腸の内壁に過ぎないと考えていた。 「この頃変だよ?大丈夫?」  屋上からここじゃないどこか探していた時、主人公の背後にももちゃんがいた。心配そうな表情の仮面を付けて差し迫って来る肉壁に、主人公は「来るな」と言ったが、内壁は尚も差し迫って来た。 「私がついてるから。悩みを打ち明けて」  主人公は化け物にやられる前に、自分から化け物に攻撃した。頬を思い切り張った。倒れ込むももちゃんを見た時、主人公はそこに化け物の出口を見つけた。 「やっと見つけたか」  穴の向こうからガンちゃんが言った。ガンちゃんは以前よりずっと大人びていて、尚且つ元気そうだった。 「こうやって穴を開けて出ればよかったんだね」  主人公が言うと、ガンちゃんはにっこりと笑って頷いた。自由になる為に、そしてなにより、ガンちゃんから感じる温かみに誘われて、主人公は化け物に向かって拳を振り上げた。  しかしその後、十二指腸に穴が開くことはなかった。この物語の主人公はガンちゃんと同じ運命を辿った。即ち化け物から毒だと判断されて、肝臓で分解されてしまったのだ。
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