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「お父さん、この人がコロ助さんよ」
駅前の喫茶店、俺と娘とコロ助の三人は店の一番奥の席に座っていた。俺は娘の隣に座るコロ助に目をやる。頭はパンチパーマで、茶色がかった色眼鏡をしている。頬には鋭い刃物で切ったような傷跡がある。歳は私と同じ四十代くらいだと思われる。
「お父さん、はじめまして。鬼瓦殺助って言います。よろしゅうお願いします」
コロ助はニイッと笑う。金色の前歯がキラリと光った。
俺は何も言葉を発することができなかった。膝に置いた両手が震えだす。
鬼瓦殺助? 何だその恐ろしい名前は。名前だけで指名手配犯にされそうだ。しかもこの見た目、名前の通り、何人もの人間を殺めているに違いない。可愛らしいちょんまげロボットを想像した俺がバカだった。
「みゆき、ちょっと良いか」
俺は席を立ち、娘の袖を引っ張る。
「ちょっと何よ」
嫌がる娘を無視して、店外へと連れて行く。
「えっと、聞きたいことはたくさんあるんだが、あの人は何をしている人なんだ」
店を出たところで彼女を問い詰める。
「えっとね、人材コンサルタントをしてるって言ってた」
「……」
俺は何も言い返せなかった。いったい何の人材をコンサルティングしているのだろうか。
「ああ、分かった。それは良いや。みゆきは、なぜあの人と付き合おうと思ったんだ」
「あの人を選んだ理由? それはね、優しくて、真面目で、正義感が強くて、私のことをいつも思ってくれるところかな」
娘が恥じらいながら言う。第一印象だと一つも当てはまらない気がするのだが。しかし、娘がこれほどまで言うなら、もしかしたらとても良い人なのかもしれない。見た目で判断するのはいけないと言うではないか。
俺は恐る恐る席に戻る。コロ助は俺の姿を見てにやりと笑い、金歯を見せる。やはりコロ助は殺助だ。
「えっと、出会いは何だったんですか」
俺が聞くと、「あ、それはね」と娘が口を開く。
「私が道端で男の人にナンパされたの。そうしたらコロ助さんが来てくれて男を追っ払ってくれたの」
娘が目を輝かせて言う。俺は心の中でナンパ男に同情する。軽い気持ちで女性をナンパしたのに、こんなやくざ男が来たらたまったものじゃない。
「コロ助さんがにらむだけで、その男は逃げてったの。男らしいでしょ」
娘の言葉に私は首をひねる。男らしいの意味を履き違えていないか。
「えっと、あの、趣味は何ですか」
「ああ、趣味ですか」
コロ助が言う。
「射的ですね」
コロ助の言葉に俺の金玉がきゅんとなる。俺は殺助に射殺される日は近いかもしれない。
「お父さん、勘違いしないでよ。コロ助さんは射的の大会にも出たことがあるんだから。立派な選手なんだよ」
「そうですよ。お父さん。決してカタギには撃ったりしまへんから」
カタギには撃たない? 俺はその言葉に体が硬直する。ということはカタギでない人には撃つのだろうか。
「あ、すんまへん。ちょっと電話ですわ」
コロ助は携帯電話を耳に当てる。
「何や。おう。おう。何やて。熊八が撃たれたやって。おう。分かった。俺がすぐ行くさかい、チャカ用意しとけ」
そう言って電話を切る。
「お父さん。すんまへん。ちょっと仕事ができましたんで、行きますわ」
そう言ってコロ助は店を出て行った。
「あ、お父さん、ごめんね。コロ助さん、急な仕事とかよく入るの」
娘が申し訳なさそうに言う。
「みゆき」
俺は鼻からすうっと息を吸う。そしてゆっくり口を開く。
「コロ助さんと別れなさい」
「えっ」
娘は驚いた顔をする。
「何で。どうして。確かに年齢のことを言ってなかったのは悪かったけど」
「そんな問題じゃない。それも問題だが。とにかくすべてダメだ。見た目も仕事も雰囲気も何もかもダメだ。あの人とすぐに別れるんだ」
「そ、そんな、頭ごなしに別れろなんて、ひどい」
娘が涙目になる。泣きたいのはこっちだよ。
「いやあ、お父さん、すんまへん。仕事が早く片付いて」
いつの間にかコロ助が戻ってきていた。コロ助は娘を見て、顔を険しくさせる。
「どうしたんや、みゆき。何があったんや」
「お父さんがね、コロ助さんと別れろって言うの」
娘の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。
「お父さん。何で別れろ言うんすかね」
コロ助が目を見開いてこちらにガンを飛ばす。
「わてらとしてもお父さんに快く交際を認めてもらいたいと思ってますねん」
コロ助の血走った目が、俺の顔面の十センチのところにあった。全身が小刻みに震え出す。ヘビに睨まれたカエルの気持ちが痛いほど分かった。ここで言葉を間違えれば、間違いなく俺の命はない。
「あなた達の、交際を、認めたいと思います」
俺は震える声でそう言った。
「本当に」
娘の顔がパァッと明るくなった。
「良かったなあ、みゆき。お父さんも認めてくれるって言ってくれて」
「うん。お父さん、ありがとう」
娘は満面の笑みをこちらに向ける。
俺はすっと両目を閉じる。
お母さん、俺達が手塩に育てた娘は、とんでもない男と付き合うことになったよ。天国の母さんに届けとばかりに、心の中でそう呟いた。
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