心にある本(ものがたり)

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 これはまだ、世間にネットが普及しておらず、当然小説投稿サイトも無い時代の話である。  丸まった紙クズが散乱する六畳一間にて、その男は封を開けたばかりの手紙をくしゃっと丸め、紙クズの海へ投げ入れた。 「……ダメだ。また、認められなかった」  男は小説家を目指していた。毎日働きもせず、ひたすら机に向かい原稿用紙に筆を走らせていた。  幾度となく自信作を書きあげては片っ端に出版社へ送り続けてきたが、その門は固く閉ざし、男を拒み続けていた。 「私の物語を認められない頭の堅い奴らに認められなきゃ作家になれないなんて、納得がいかない。私はただ、たくさんの人間に私の物語を伝えたいだけなんだ。たかだか数人の人間に伝えただけで終わるわけにはいかないんだよ……」  誰に愚痴るわけでもなく、ぶつぶつと独り言を呟き続ける男。  多くの人間に自分の作品を読んでもらうには、プロの作家になるしかない。  自費出版という選択肢もあるが、そこに踏み込む資金も勇気も無い。自分の作品に自信があれば、どちらもすぐに用意することができるだろう。しかし万が一、世間に認められなかったら、金銭面、精神共に大ダメージを受けることになる。  全く自信が無いわけではない。だが、できればあまりリスクは犯したくない。  男は握り締めた拳を強く机に打ち付けると、血走った目を窓の外に向けた。 「こうなれば、最後の手段だ……」
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