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「――真叉志はまだ八天王の一人を倒しただけ。真叉志の冒険はまだ、ほんの序章に過ぎないのである……」
そこで男は、深々と頭を下げた。
「ご静聴、ありがとうございました」
「えっ……これで、終わりですか?」
「はい。今はここまでです」
「“今は”ってことは、続きをお考えになられてるんですね?」
男が首を縦に振った瞬間、女性の顔が華やぎベンチから勢いよく立ち上がった。
「すっっごく面白かったです! 世界観はファンタジーなのに主人公のマサシ君だけは現代人で現代の知恵を駆使して活躍していくのが本当に痛快で何より一生懸命でひたむきな姿にキュンとー」
早口でまくし立てた直後、ハッとして恥ずかしそうに口を押さえる女性。咳払いをし、改めて口を開いた。
「これ、絶対書籍化するべきですよ! 私だけに聴かせるのはもったいないです!」
男は照れたように首の後ろに手を回した。
「そう言って頂けると、心が救われます。ですが何の実績の無い素人の小説が大衆に受け入れられるほど、世の中は甘くないんです」
その表情は、どこか浮かなかった。
「人の心の中には、まだまだ面白い物語が幾千、幾万と眠っているはずなんです。それこそ、一度も小説など書いたことがない素人の中にだって必ずね」
すると男は突然、掛けていた眼鏡を投げ捨て女性の肩を掴んだ。
「そう! キミの中にもキミにしか知らない物語はあるんだ! せっかくある物語を独り占めするなど勿体無い! 楽しさはもっと共有するべきだ! 誰でも気軽に心の中の物語を発表できる場が必要だとは思わないか!?」
「え、あ、はあ」
興奮気味に言い寄る男と戸惑う女性。その光景を目撃した彼氏はダッシュで現場に向かい、すぐに男を引き離すのだった。
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