1,俺を、

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1,俺を、

選べ、サッカーよ、俺を選べ。 ボールは蹴れば蹴るほど俺から離れて挑発する。 「お前じゃあ、スタメンどころかユニフォームすら配られないな。」 そう橋の下の壁に反響する音が言う。ような気がする。 初夏にインターハイの予選が始まる。県大会を制した者たちだけが全国大会に出ることが出来る。 俺は中学の頃から全く才能がないだの、いまいち目立たないだの、選手にとっては屈辱的な烙印を押されてきた。噂というのは怖いもので、ただ目立たないだけなら、縁の下の力持ちと言う事もできるが、目立たないそれすなわち「ヘタクソ」とされるのが悔しい。だから常に、「俺を見ろ!」「俺だけを見て、俺を選べ!」そのつもりでやると、中学校最後の大会、県大会1回戦で臨んだ。結果は負けだった。しかし、俺は話題を呼んでしまった、インターネットで自分の見出しが載っていたからだ。県大会のしかも1回戦で、インターネットのページに載るのかと少し疑ったが、記者はどうやらしっかりと試合を見ていたらしい。味方がゴールした時間は間違っていなかった。その記事の見出しは『影の花の開花!もう縁下からは卒業か?』 その記事を読み、最後の行には「彼のこれからのキャリアに注目していきたい。」と綴られている。冗談じゃない今まで才能がないだの目立たないだの。お前だって「影」と評してんじゃねぇか。ため息混じりに、でも心で毒づく。サッカー部の部室で1人ケータイをいじる。校内はケータイの使用及び持ち込みも禁止されているがまぁ、内緒だな。さて帰るかと荷物をまとめ部室をあとにしようとした時、コンコンとノックの音がひとつ、まだ手に持つケータイを素早く隠し、返事を返すと、監督が入ってきた。 「おぉ、おつかれ、ちょっと来い、」 気のない返事を返してしまう。 昔からこうだ、この人は要件は言わねぇは、やたら厳しいわ、まくし立てる時は早すぎて何言ってっかわかんねぇわで部員たちも恐れていた。 「客が来てるお前に、」 客?誰だ、俺は何もしてないぞ。 「失礼のないようにな、」 「はぁ」とまたも気のない返事をする。 「気の抜けた返事をするな。」 「は、はい!」と今度は意気込んだ。 「ん。」 ドスの効いた低い声が名将の貫禄を漂わせる、万年県大会3回戦付近止まりだけど。 進路相談室に着き、ノックをし扉を開けた。そこには30代後半から40代前半位のキッチリした背広を着た、身長は180位はあるだろうか、それとも痩せ型なのだろうか数メートル離れた自分のところでもその威圧感は分かる。髪の毛は薄茶色がかったパーマで、横は刈り上げていた。キッチリと開いた二重に高い鼻。正直日本人離れしていた。 「お待たせしました、加賀谷先生。」 「いえ、」 その微笑が爽やかな感じだ。まるで別世界の人間かと錯覚する。何の用だ宇宙人め! 「こんにちは、石崎悠と言います。」 自分の名を言うのに相手の顔色を伺ってしまう。何故だろう。 「こんにちは、今日はよろしく。」 そういった男の目は笑っていたように見えた。
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