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奥義
久々に家に帰ると母上が出迎えてくれた。
父上は縁側でのんびりしているらしい。
特に病を患ったとかそういう事ではないそうだ。
俺に話があるそうなので居間に向かう。
母上も一緒だった。
父上が座ると話を始めた。
「桜と暮らして3ヶ月……どんな様子だ?」
「幸せを噛みしめています」
「そうか……それはよかった。で、孫はいつ見せてくれるのだ?」
俺は咳払いをした。
そんな俺を見て両親は笑っていた。
「桜も一人の女子。あまり寂しい思いをさせてはいけませんよ」
母上が笑いながら言った。
「天の国の鬼どもはどうだ?」
「たまに桜を狙ってきますが俺が追い払っています」
「うむ。桜はお前が何としても守ってやれ」
「この命に代えてもお守りします」
「ふむ……覚悟はあるのだな?」
父上が今さらな質問をしてきた。
「式を挙げた時……いや、祝言の話を聞いた時から出来ています」
「その言葉に嘘偽りはないか?」
え?
「この命に賭しても守り抜くつもりです」
「では、改めて問おう。桜を守るとはどういう意味だ?」
父上の問いに俺は躊躇った。
その質問の真意が分からなかった。
「……鬼の手から守る事です」
間違ってはいないはずだ。
しかし父上は何か考え込んでいた。
母上は父上の隣で茶を啜っている。
「やはり頃合いだな」
そう言って父上は立ち上がった。
「道場に来なさい。お前に伝えるべき技がある」
父上がそう言うと俺は父上の後をついて道場に向かった。
「ちゃんと日々の訓練はしてるか?」
「朝の鍛錬だけは欠かさず行っています」
「まずはそれを確認しておこうか」
そう言って父上は竹刀を取り構える。
俺も竹刀を持って構える。
それから父上の稽古を受けた。
特に自分の腕が鈍ってるとかそういう事は無かった。
しかしやはり師範の父上には敵わない。
かろうじて父上の右腕に一発入れるのが精いっぱいだった。
「やはり父上はお強いですね」
「ふむ……しかしこの私に一撃入れるとは……どうやら真面目に稽古している様だな」
父上の試練は合格のようだ。
だが、ここからが本番だった。
父上は俺に構えるように言うと、父上も俺に向き合って構える。
「よいか?絶対に微動たりともするでないぞ」
父上の顔は真剣だった。
俺は頷いて応えた。
父上が呼吸を整えるとそれは一瞬だった。
父上が分身して俺の四方を囲む。
どれが本物か分からない。
分かった時は父上の竹刀が俺の背後から首筋を当てた時だった。
「父上……今のは?」
「これぞ東神流奥義『青龍』」
奥義?
元服したとはいえまだ未熟な俺にこれを?
「やってみろ」と父上は元の位置に戻って構える。
東神流は技を一度受けて覚えて実践するやり方。
正直できるかどうかわからないけどやってみろと言われた以上やるしかない。
東神流の技は速さが特徴。
剣の速さ、身のこなしの速さ、相手の動きを読む速さの3つの速さ。
それを最大限に生かすことが出来れば……。
俺は父上と同じように呼吸を整えると父上に仕掛ける。
分身までは出来た。
父上と同じように背後をついて竹刀を振るう。
しかしそれより早く父上は反応していた。
俺の竹刀が父上の首を捕らえる前に父上の竹刀が俺の脇腹を叩きつけていた。
俺は思いっきり吹き飛ぶ。
俺はなぜ失敗した?
その疑問に父上が答える。
「東神流の読みの速さをもってすれば八方に分身しようと竜樹の動きは見え見えだ」
どれだけ分身しても、本体は一つ。
どこから狙うかを読めば対応は出来る。
つまり俺の青龍は父上には通用しない。
「私だけではない。気配を読むことが出来るものならばすぐに対応するだろう」
父上がそう言う。
俺には青龍を扱えない?
じゃあ、なぜ父上は俺にこれを伝授しようというのか?
「これが竜樹の最後の試練だ。私の読みを越える青龍……それを成し遂げて初めて東神流の極意を極める事になる」
最後の試練。
しかし理屈では無理じゃないか。
どうやって超えたらいい。
俺は少し考えた。
そしていきつく答えは一つしかなかった。
父上に反撃される前に攻撃をする。
それを悟った時、父上はにやりと笑った。
「答えは出たようだな」
俺は父上に正対し自然体の構えをとる。
勝負は一瞬。
その一瞬に全てを賭ける。
この奥義を会得出来ればきっと桜を守る力になると信じていた。
だが、そんな俺を見て父上は竹刀を下ろす。
「捨て身で挑むか……。まだお前には早かったのかもしれぬな」
「違うのですか?」
何が何でも奥義を会得する。
そのつもりで父上は俺に奥義を授けようとしたのじゃないのか?
「今日はここまでにしておこう。明日もう一度来なさい。その時が最後の試験だ」
最後の?
「今夜中に竜樹に欠けている物を探しなさい。でなければ竜樹の命は明日終る」
父上の表情からして多分本気だ。
俺は頷いて道場を出た。
家に帰ると桜を護衛していた兄上達が帰る。
「何かあったの?」
桜は俺の顔を見てそう言った。
桜に道場であったことを話した。
「竜樹に欠けているもの?」
桜がそう言うと俺は頷いた。
「桜は何か心当たりある?」
桜は首を振った。
そして黙って俺の袖を掴む。
「何かは分からないけど……ただ、竜樹がいなくなっちゃうのはいや」
もっと一緒にいたい。
桜はそれだけ言った。
俺だって桜の側にいてやりたい。
その為に桜を守る力を手に入れなければ。
しかしその為には俺に欠けている物とやらを探し出さなければならない。
その夜眠れなかった。
寝床を離れようにも桜が袖を掴んでいるから動けない。
桜の寝顔を見ながら考えていた。
結局朝まで眠れずに顔を洗う。
2人で静かに朝食を食べていた。
これが最後の2人での朝食かもしれない。
桜も同じ事を考えていたのかもしれない。
朝食が終る頃、兄上がまた家に来た。
俺は着替えて家を出ようとする。
すると桜が後ろから抱きしめた。
「私待ってるから。ちゃんと帰ってきてね」
「……わかった」
桜の頭を撫でてやると俺は道場に向かった。
最後の試練とやらに挑もうとしていた。
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