SKY1『前途多難な日々の幕明け』

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「はははっ」 「悠太郎ー、笑いすぎー」  後輩が入ってから一週間経ったある日のランチタイム。  食堂に、悠太郎の笑い声が響いた。万優はその様子に箸を銜えながら呟く。 「だって、警戒されてるの? 万優が?」  そう言ってまた笑い出す。こうなったらおさまるまで待つしかない。万優は目の前の塩鯖定食を突付きながらそれを待った。今日の鯖はちょっぴり塩辛い気がする。 「万優の方が警戒してもいいくらいなのに、それを警戒するなんてよっぽど惚れてるんだな、その子に」  悠太郎は水を一口飲み下してから言った。 「うん。でも、笑い事じゃないんだよ。俺の部屋でもあるのに、なんかこう小さくなって生活しなきゃいけないんだから。なるべく二人を見ないように、会話も聞かないようにって」 「疲れない?」 「疲れるよ! ホント、虎珀(こはく)さんたちと居た頃が懐かしいよ」  ふぅ、とため息をつく万優の様子を見ながら、悠太郎は万優の鯖に箸を伸ばした。 「あ、今日の鯖塩辛い。ハンバーグにして良かったー」 「話、聞いてる?」 「聞いてるよ。なんだかんだ言って、空さんとも上手くやってたみたいだしなー」  悠太郎の言葉に、万優は心臓を射抜かれたみたいに固まる。悠太郎の口から、空の名前が出ただけで、この有様――万優はひとつ、深呼吸をして鼓動の速度を緩めた。 「どした? 万優」 「う、ううん、なんでもナイ……」 「ハンバーグ、食べる?」 「うん、貰う」  万優は、悠太郎の皿に箸を伸ばしながらその様子を伺った。  どうやら、空との関係は知らずに言った言葉の様だった。 「万優」  そんな万優に悠太郎が低く声を掛ける。 「な…に?」 「お前って、魚好きだよね?」 「……は?」 「いや、ちょっといつも食べてるもの思い出してた。そういえば大河さんも魚派だったなーって」 「あ、そう……」  あまりに真剣な声音に、万優は緊張したが無駄だったようだ。  もうすぐ一年の付き合いになるが、未だ悠太郎の思考回路は読みきれない。敏感なようで鈍感な時もあれば、恐ろしく勘の冴えている時もあって、万優を飽きさせることがない。 それが、今のように万優にとっていいことばかりではないのだが。 「万優、噂をすれば、だよ」  悠太郎がそっと箸で万優の後方を指す。  万優はその方向を振り返った。  食堂のトレーを持って歩く風吹と蓮が居た。 「こっち来るぞ」  悠太郎に向き直ると、彼はそう言って万優の後方から視線を外さなかった。 「あんまり見てると、風吹に睨まれるよ」 「……そうだな」  万優の言葉に真実味があったのか、悠太郎はすぐに視線を外して、茶碗からご飯をすくって頬張った。  それを見て、万優も皿に箸をつける。 「万優さん、こんにちは」  その時だった。背中から、男のわりには少し高い声が掛かる。  振り返ると、蓮の笑顔があった。 「こんにちは」  蓮のイメージは、子供か天使。風吹に睨まれるとわかっていても、笑顔で素直に返してしまう。可愛らしく生まれてきてしまった蓮に罪はない。 「蓮、何してる?」 「あ……じゃあ」  呼ばれて、蓮は笑みを残したまま万優の傍を離れた。 「うん」  答えて、その背中を見送ると、その奥の風吹と目が合う。 ――というよりは、しっかり睨まれていた。 「……ね、こんな感じ」  万優はその視線からゆっくりと自分を解いて、悠太郎に向き直った。 「前途多難っぽいね」  悠太郎の言葉に素直に頷く万優だった。
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