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SKY2『心の距離 』
それから一週間、万優の苦手なチェック期間に入り、風吹と蓮のことは頭に入らなくなっていた。尤も、当の二人もそれぞれにチェックの準備をしていたので万優が気になるようなこともなかったのだが。
もしかしたら、今までで一番平和だったのかもしれない。
嵐のような座学チェックが過ぎ去り、すぐにチェックの結果が出る。今回、万優は一人でこっそりと見に行くことを決めた。いつかのように、悠太郎の困った顔は見たくなかったから。
ただ、今回はその時よりも随分自信があった。
掲示板の前に立ち、そっとそれを見上げる。
「……ない?」
万優はもう一度、ゆっくりと確認した。
ない。自分の名前はなかった。
今回は無事全て通過したようだった。
万優は思わず、小さく拳を握った。
そうだ、空に報告しよう!
そう決めて、踵を返すとちょうど蓮と風吹がこちらへ向かっていた。
「万優さん、結果どうでした?」
蓮がその姿を見つけ、言いながら近づいた。
この時は正直、見つかりたくなかったと思った。相変わらずの風吹の視線は痛かったし、空への報告もしたかったからだ。
「蓮くんたちも結果見に?」
「はい。……あ、僕ちゃんと通ったみたい。風吹は?」
「……空中航法、落ちた」
「え?」
風吹の言葉に、蓮が驚いてその顔を見る。
「追試があるから……そこで頑張れば……ね?」
万優が口を開くが、風吹は答えなかった。
励ましてあげたのに返事もないとは、可愛くない、とは万優の心情。
「あ、でもいつもと言えばいつもなんですよ」
代わりに答えたのは蓮だった。万優は、その健気さに深く頷いた。もしかしたら、いつもこうして風吹の態度の悪さを中和して廻っているのかもしれない。
「蓮、余計なこと言うな。行くぞ」
不機嫌最高潮の風吹は蓮に言い捨てるようにして歩き始めた。
蓮は、万優にひとつ頭を下げてからその後を付いていった。
「……昭和の夫婦か、あいつらは」
万優はいつか見た懐かしいフィルムを思い出しながら呟いた。
万優が部屋へ戻ると、そこに居るのは風吹一人だった。いつも一緒の二人だったからこんな状況は初めてだった。
まだ、空が苦手だった頃、二人きりになってしまった時の感情が再び万優を包む。
「……蓮くんは出掛けたの? 珍しいね、ひとり」
黙っているのも空気が悪いかと思い、万優が声を掛ける。
「はい……買い物に」
「あ、そう……」
会話が止まってしまった。万優は、何か話題はないものかと思考を巡らせたが、何も思いつかない。そうしていると、今度は風吹の方から口を開いた。
「万優さん」
「は…い……何?」
万優はぎこちなく答えながら椅子に腰掛けた。
『何かあったら必ず俺に連絡して』
いつかの悠太郎の言葉が万優の脳裏を過ぎる。万優は、ジーンズのポケットに入っているスマホを確認した。
……けれど。
「……追試の勉強、みてもらえませんか?」
その意外な言葉に、万優は驚いてすぐに答えることが出来なかった。
「俺……?」
「はい。お願いします」
はじめて見る風吹の低姿勢に、万優は唖然とした。コイツはこんなふうに話すこともできるんだと思ったのだ。
「俺は、教えてあげるなんて無理だけど……頼んであげるよ。引き受けてくれそうな優等生が居るから」
いつかの虎珀のように万優は言った。
「はい」
風吹が素直に表情を緩める。それを見て、万優は首を傾げた。
「でも、蓮くんに教えてもらうのが一番いいんじゃないの? 彼、勉強できるみたいだし」
万優は何気なく聞く。しかし、それは風吹の地雷だったようで、再び厳しい顔つきになってしまった。
「あ、別に、いいんだよ……答えなくて……」
万優は慌ててフォローを入れる。ホントに気を使う後輩だ。
「いえ……」
風吹は首を振って、答えた。少し落ち着いたらしく、表情も柔らかくなっていた。
「……蓮には頼れないんです」
「え?」
万優が聞き返す。恋人という関係なら、助け合ってもいいはずだ。
すると、風吹は一瞬沈黙してから、ゆっくりと話し始めた。
「蓮をここへ連れてきたのは、俺なんです」
「どういうこと?」
「俺、パイロットになろうって決めた時蓮につい言っちゃったんです……『逢えなくなるな』って……蓮はそれ聞いて、ここに……」
「そっか、蓮くんは自分の意思だけでここに来たわけじゃないんだ……」
そういえば、自分の知っている誰かも自分の意思で来ているわけじゃなかったな、なんて考えながら万優は答えた。
「だから、俺が頼ったり、弱音吐いたりできないんです。あいつに、申し訳なくて……こんなの……」
「そうなんだ……わかった」
万優は頷いてから笑顔で、立ち上がった。
「行こう、先生のところ」
「はい」
風吹は答えて素直に万優の後に付いた。
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