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「……というわけで、頼まれて欲しいんだけど。勿論、お礼はする」
万優は悠太郎の部屋でそう言った。隣で風吹がひとつ頭を下げる。
「うん、いいよ。万優のお陰で実技試験の方もそこそこ自信あるし、少しくらいなら」
「今日中にしっかり理解するように言ってあるから。な、風吹」
万優が風吹を見やって言う。その顔が頷いてから、悠太郎をまっすぐ見つめた。
「はい。頑張ります」
真剣な顔で風吹は言うと、また悠太郎に頭を下げた。
「じゃ、始めようか」
それに優しく笑いかけて悠太郎は椅子から立ち上がった。風吹にそこを譲るようだ。
風吹がそれに従うと、自分はその傍に立った。
「家庭教師ってこんな感じだったよね」
なんて冗談を言いながら悠太郎が笑う。
その様子に万優も懐かしいな、なんて答えながらベッドへ座った。
しばらく二人を見ていたが自分が居なくても何も問題なさそうだったので万優は部屋へ戻ろうと決めた。
「悠太郎、俺部屋戻るよ。蓮くん戻ってるかもしれないし」
「何も言わないで出てきたなら心配してるかもな」
悠太郎の言葉に頷いて、万優が部屋のドアを開けた。
「万優さん!」
風吹がそれを呼び止めた。万優がそれに振り返る。
「何?」
「蓮は大丈夫ですから、ここに……」
ひどく慌てた風吹が万優を見つめる。しばらく考えてから、風吹が自分を呼び止めた理由を察し、万優は口を開いた。
「……もしかして、心配してる? 俺が蓮くんに何かするんじゃないかって」
「……」
風吹は沈黙したが、それは図星を突かれてのことと容易に察しがつく。
「どう誤解されてるか分からないけど、何もしないから」
「それは、俺も保証するよ」
悠太郎もそう言って笑顔で頷いた。
それを見てようやく風吹が小さく頷いたので、万優は廊下に出てそのドアを閉めた。
「……心配性だな」
残された悠太郎は、風吹に呟くように言った。
「普通です」
「大丈夫。万優は、君のことも土屋くんのことも可愛い後輩としか思ってないよ」
笑いながら悠太郎が言うと、風吹はその顔を覗き込みながら聞いた。
「……もしかして、真西さんって、万優さんと……?」
風吹のその言葉に、耐え切れなくなって悠太郎は笑い出した。
「ははは、冗談やめてよ。万優とは親友だけど、そういう関係じゃない。でも、万優の思ってることは大体わかるよ」
「どうしてですか?」
「どうって……万優って分かりやすい性格してるよ。一年も友達やれば想像つくからね」
悠太郎は笑いながら答えた。悠太郎にとって、万優の思考を読むのは簡単だった。万優はすぐに顔に出る。
「そんなものですか……?」
風吹の言葉に悠太郎は頷いて続けた。
「君だって、土屋くんのことなら大体わかるんじゃない?」
「……昔は、友達だった頃は分かりました。でも、最近は全然……」
その答えに、悠太郎が視線を泳がす。なんだか受け取り辛いパスを送ってしまったようだ。
「まぁ、とにかく安心していいから。俺も含めてね」
「はい」
悠太郎は気を取り直すと、テキストに向かった。
風吹もそれに倣い、頭を切り替え勉強に集中するのだった。
「あ、万優さん。風吹、見ませんでした?」
万優が部屋へ戻ると、案の定蓮が心配していた。
万優の姿を見つけると蓮はすぐにそう聞いてきた。
「今、俺の親友のところで勉強中」
「え?」
「追試対策だよ」
「ああ……そうですか」
蓮はほっとしたように頷いた。そして、続けた。
「……風吹が何だか色々すみません。どうしてか万優さんのこと警戒して悪く思ってるみたいで……」
「いや。気にしてないから、大丈夫」
万優の言葉に、蓮の表情が綻ぶ。それから微笑んで、あの、と返す。
「万優さんって……好きな人、居ますよね? もしかしたら、男の人……だったり」
自分の椅子に落ち着こうとしていた万優は、その言葉に体勢を崩し落ちるように椅子に腰掛けた。
ギシ、と椅子が鳴く。
「どっ…どし……」
どうして? と聞きたかったが、あまりに驚いて動揺したせいで、上手く出てこない。
「なんとなく、なんですけど」
その様子に、優しく笑いながら蓮が答えた。
「なんと…なく? で、わかるの……?」
万優は尚も動揺したまま聞き返した。
「はい。普通、僕らみたいなの見るとドン引きするか、興味もつかどちらかで……万優さん、風吹が僕と付き合ってるって言った時、全然驚かないで、その後もずっと自然だったから」
「そう……かな?」
ぎくしゃくしながら、二人に気を使っていたんだが、と思いながら答える。
「でも、それだけでそんな風に思うのは、ちょっと考えすぎですね」
蓮は笑って言った。その言葉に、万優は頷きながら答える。
「多分……蓮くんがそう思ったのは俺自身がそういう想いもアリだと思ってるからだと思うよ。好きなんだろ? 風吹が」
その質問に、蓮は頷きで答えた。
「だったら、それでいいんじゃない?」
「そう、思いたいんですけど……今の風吹の気持ち、よく分からなくて……」
「どういうこと?」
蓮は、そっと窓辺に寄った。そして、ゆっくり話し始める。
「勉強なら、僕がいくらでも教えるのに……付き合いだしてからは一切頼ってくれなくなって、ここに入ってからは特に、僕より成績が落ちるとイライラしてて…なんか寂しいですよね」
「……そ、かもね」
寂しそうな横顔。その瞳には、溢れそうな波が見えていた。蓮は、蓮なりに風吹を想っている。一方的に見えて、互いに想い慕っているんだと、万優は感じた。
言いたかった、風吹の本当の想いを。
けれど、その言葉は、今自分が口にするものじゃないような気がして黙っていた。
これは、多分この二人に課せられたひとつの大きなハードルなのだと感じた。
乗り越えるのは、この二人なのだから。
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