182人が本棚に入れています
本棚に追加
「そう、いつかの俺みたいだろ?」
夜の廊下。点呼が終わった後のそこは、電話をするのに絶好の場所だ。
見渡せば、数メートル先にもスマホを持った学生が立っている。万優もその一人だった。
『今回は無事だったみたいだな』
電話の向こうで空がそう穏やかに話す。今回の試験の結果と、一連の風吹の追試騒動を話したところだった。
窓を開け、夜の冷気を感じながらその声を聞く。一層その声が静かに響いた。
「うん。俺だって、毎回追試受けてるわけじゃないんだよ」
『そうなのか』
驚いたように返る声に、万優が少し唇を尖らせ、ため息を吐く。
「あのねぇ……でも、俺が教えるなんてこと出来るほどじゃないのは認める。今回は悠太郎に頼んだんだ。空と違って快く引き受けてくれたよ」
厭味交じりの言葉に、空の小さなため息が聞こえる。
『そりゃ悪かったな』
その予想通りの反応に、万優は嬉しくなって続けた。
「それが空の正しい反応だよね。でね、そうしたら蓮くんの方がなあんか寂しそうでさ。風吹が頼ってくれないって。実際成績いいんだ、蓮くんって」
『へぇ……』
空は相槌だけを返した。万優は、それを流すように聞いて、更に言葉を繋げる。
「まあ……風吹の気持ちも分かるけどね。弱いところは見せたくない、みたいなの」
『……分かるのか、お前に』
「あー、空俺のことバカにしてるでしょ? 俺だって彼女が居た経験くらいありますぅ」
しん、と冷える冬景色は万優の声の響きをかき消す。おそらくこの声が届いているのは、電話口の空だけ。それが、万優のお喋りに拍車をかけていた。
『そりゃ、失礼したね』
「まあ、でも後は当人次第だし、俺は監視から解かれたみたいでほっとしてる。二人とも可愛い後輩だし、仲良くしてもらえたらいいんだけどね」
万優は、言いながら安堵の息を漏らした。ふわり、白い息が冬の大空に吸い込まれていく。
『そうか……万優、悪いけど』
「え?」
『切る。また今度、かけるから』
「え……あ、うん。了解」
突然の言葉に、万優は驚きながら頷いた。
でも、基本的に休日以外のスマホの使用は校則違反なので、話の途中で止むを得ず切ることは少なくない。なので、特に気にも留めなかった。
『おやすみ、万優』
「うん、おやすみ」
その一言で会話が終了する。
ゆっくりとスマホの画面を閉じて、ポケットに仕舞いこんだ。
そのまま、大空を見上げると雲ひとつ無い静かな闇が広がっていた。
まるで、穏やかで少し冷めてる空のようだと思った。
「おやすみ……空」
万優は大空に呟いて、窓を閉めた。
「寒い! 早くベッド入ろう」
そして、すぐに両腕を手のひらで擦りながら部屋へと戻った。
最初のコメントを投稿しよう!