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SKY3『伝わらない想い』
冬の晴れた大空は、空気が澄んでいてスカイブルーが目にまぶしく、とても清々しい気分になる。
そんな日に、万優は実技試験を受け、当然ながら最高の気分でエプロンに帰ってきた。
「今日みたいな日は気持ちいいだろう」
隣の教官に言われ、万優は素直に頷いた。
「はい、すっごく」
「いいフライトだったよ。お疲れさん」
「はい、ありがとうございました」
試験だというのに、こんな風に教官に言われるのは、おそらく現在の第一分校では万優だけだろう。
少し前なら、空も言われていた台詞に違いない。
万優は、機体から降りて大きく伸びた。高い大空を見上げて、胸いっぱいに冷たい空気を吸い込むと元気が湧いてくる気がする。
「万優さーん」
そんな万優に向かって駆けて来る人影があった。
その風体と声から、同室の後輩と分かる。
「蓮くん」
気分のいい万優は笑顔で後輩に手を振った。
「試験、終わりました?」
「うん、今ね」
「良かったー。実はお願いがあるんです」
「……何?」
「僕、ちょっと試験自信なくて……シミュレーター付き合ってくれませんか?」
蓮が可愛らしく小首を傾げる。
「放課後ならいいよ」
当然、得意分野なので、万優は頷いて言った。特に今は機嫌もいいし、可愛い後輩のお願いに断る理由もなかった。
「助かります! じゃ、放課後お願いします」
蓮は笑顔で答えて言った。
「うん、了解」
万優はそんな蓮に笑顔を返した。
この約束がとんだトラブルの引き金になるなんて、この時の万優は想像すらしていなかった。
「高度上げすぎかな……ちゃんとディスプレイ確認して」
「あ、はい」
シミュレーター内で、万優は蓮に言う。操縦桿を握った蓮が頷きながらそれを操作する。
この学校のフライトシミュレーターはコックピットと同じように二人まで入ることが出来る。蓮の横で万優はできる限りのアドバイスを続けていた。
このシミュレーターは、学生にとって最高の練習場所……試験中のこの時期は予約制になっていて、何度も使える物じゃない。せっかく蓮がとった予約なのだから、一生懸命教えるべきだと考えたのだ。
「ありがとうございました」
無事、着陸まで終えて蓮は万優に笑いかけて言った。
「試験、大丈夫だと思うよ」
自分で言うほど蓮のフライトは悪くなかった。安定していたし、視野も広い。この調子なら確実に試験もパスするだろう。
「ホントですか? 万優さんがそう言ってくれると嬉しいです」
席を立ち、シミュレーターから二人揃って出ると、そこには仁王立ちの風吹が居た。
「風吹も練習に来たの?」
蓮がいつもの調子で聞くと、風吹は首を振って言った。表情がいつもよりも厳しい。
「……蓮、万優さん、部屋までいいですか?」
その表情と声に、ただ事ではないことを察知した二人は、顔を見合わせてから揃って風吹に頷いた。
一歩先を歩き出した風吹について行きながら、蓮が首を傾げる。
「……何か、あったの?」
小声で万優が蓮に聞くと、蓮は首を振って答えた。彼にも心当たりはないらしい。不安そうな横顔が少し痛々しかった。
部屋へ着くと、万優は自分の椅子に落ち着いた。蓮は立ったまま、部屋の奥で立ち止った風吹の背中を見つめていた。
「……どうして、俺に言わないんだ?」
その背中がふいに問う。
一方的なその問いに、蓮の表情が少し鋭く変わる。
「万優さんは、一つ上の代でフライトの成績一番なんだよ。そういう人に教わりたいって思って何が悪いの?」
万優はその言葉に少し照れながら、二人の様子を見守っていた。確かに、誰に教わろうと蓮の自由だ。けれど、風吹の態度からすると、そういうことを問題にしているわけではないようだ。
万優は、はらはらしながら二人を見ていた。
「……俺だって、教官に褒められた」
「けど、風吹は追試でいっぱいいっぱいだったじゃないか。僕、間違った選択してないよ」
珍しく、蓮がきっぱりと意見する。いや、もしかしたら風吹に対してはいつもこうなのかもしれない。
その目は見たことも無いくらい鋭く風吹を見つめていた。いつもふんわりして可愛らしい蓮とは印象が違う。
「蓮、だけど……」
風吹が振り返って言いかけるが、蓮のその強い表情に言葉を止める。
「だけど、何?」
蓮が片手を腰に付けて聞き返す。自分は間違ったことを言っていないという絶対の自信が、その口調から感じられる。
万優は、ちょっと二人の関係を垣間見たような気がした。
「……もう、いい! わかったよ。結局蓮は、俺より万優さんを選んだってことだろ!」
それを捨て台詞に、風吹は蓮の肩をすり抜けて、部屋を飛び出した。
「風吹!」
万優は追おうとした蓮の肩に手を置いて止めた。
「俺が行くから」
そう言って、すぐに風吹の後を追った。
このまま蓮を行かせたらケンカになるのは予想できた。この場合は自分が行ったほうが、風吹にとっても蓮にとってもいいような気がしたのだ。
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