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廊下に出ると、万優は風吹の背中を追った。
「風吹!」
腕を掴んで、その足を止める。それから、一息ついて言った。
「あれじゃ、蓮くんだってわからないよ。言いたいことは、もっと冷静に……」
「これでも我慢してるんです!」
万優の言葉を遮断したそれは、絶叫にも似ていた。周りを歩いていた学生の視線が風吹に集中する。
「……わかった。わかったから……ちょっと落ち着いて話そう、な?」
万優は、風吹にそう言ってその背中を押した。
万優は悩んだ挙句、食堂へ連れて行くことにした。談話室も、静かな廊下の端も万優は苦手だから、というのは言うまでも無い。
万優はコーヒーを二つ運んで一つを風吹の目の前のテーブルに置いた。その反対側に自分も腰掛け、向かい合った。
「俺に、言いたいことあるんじゃない?」
万優は、黙ったまま俯く風吹に言った。
沈黙が続く。
万優はカップを傾けながらひたすら風吹の声を待った。風吹が口を開くことはなく、時間だけが過ぎていく。
「……もうすぐ夕飯時になる。混んできたら話なんか出来ないんじゃない?」
万優のコーヒーが飲み干される頃、ようやく風吹は重い口を開いた。
「蓮は……蓮は万優さんが好きなんでしょうか?」
「どうして、そう思う?」
風吹の言葉に、さして驚くことも無く万優が返した。その質問が来ることは想定内だったからだ。そんな誤解でもしなければ、こんなふうに蓮と万優を糾弾したりしないだろう。
「蓮……最近万優さんの話ばかりで……今日もシミュレーターに二人で……」
「フライトのアドバイスはシミュレーター使うのが一番いいからね。本当に教えて欲しいから、そうしたんだと思うよ」
風吹が黙ったままなので、万優は言葉を繋げた。
「それに、蓮くんが俺の話をするのに理由が要る?」
風吹はその問いに、首を振ってから答えた。
「でも、嫌なんです。正直、蓮の口から他の男の名前が出るとイライラするし、シミュレーターなんて密室に他の奴と二人きりになんてしたくないんです」
「それじゃ、蓮くんはシミュレーター実習できないじゃない」
教官はこの第一分校には男性しか居ない。二人しか入れないシミュレーターに二人にしたくないなんて言われたら入ることすら出来ない。
「だから、我慢してるって言ったんです。俺……蓮に関してはすごく欲張りで、自分でもバカじゃねぇかって思うくらい。直さないと、アイツに嫌われるって思うけど、出来なくて……」
風吹の切ない告白を聞いて、万優はひとつ息をついた。
「そっか。でも、安心していいよ。蓮くんは俺のことなんとも思ってないし、俺も蓮くんはいい後輩だと思ってるだけだから」
「……ホントですか?」
「証拠が要る?」
風吹はその言葉に首を振った。本当は万優の言葉に頷きたいのだと分かる。
その頑なな様子を見て、万優は静かに話した。
「風吹が追試になった時、蓮くんが言ってたんだ……自分に頼ってくれない、寂しいって」
「え?」
「蓮くんだって、風吹と同じく、一番に相談して欲しかったんじゃないのかな」
その言葉に、風吹は黙って唇を噛んだ。
その様子に、万優はしばらく一緒に居たが一人で考えることもあるかと思い、立ち上がった。
部屋では、蓮が心配して待っているだろう。このことを報告してあげたかった。
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