最終章 今日

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 どうするつもりかと自分の身体を見守っていると、両足は窓の前で停止する。左手はポケットをまさぐり、スマートフォンを取り出した。その際に液晶の画面が見える。着信は母からではなく、咲子からだった。両親の制止を振り切って病院を抜け出したのか。  リダイアルしたい俺の気持ちなど無視するように、カメラをビデオモードで起動する。その直後、拳を握った右手は窓に向かって突き出された。  窓ガラスは割れ砕ける。破片で切れた手の甲からは血が滲み始める。左手で窓枠の角にスマートフォンをセットし、右手は窓枠から一枚のガラス片を抜き取った。  全ての準備が整ってしまった。両足はゆっくり後退りしていく。  割れた窓から天文館が見える。それを囲むように広がる明石の街並みを見つめ、この景色を眺めるのもこれで最期かと実感する。  どこからともなく線香の香りが漂って来る。コレはあの老人と老婆が放つ殺意の匂いだろうか。呆然としている間もなく、ガラス片を握る右手は勝手に動き出した。
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