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いつの間にか、線香の香りは血の臭いに変わった。瞳は今も首を振り、口の端から泡を吹き出していた。表情が分からない程のスピードで首を振っていたが、突然首を振るのを止めた。
白目を剥き、金魚のように口をポカンと開いて宙を眺めている。抜け殻のようになってしまった瞳の顔に重なるように老婆の顔が現れた。窓から覗いていた老人ではない。
瞳はそのまま布団の上に倒れ、ガクガク震え始める。そして、両手両足を突き出し、四つん這いで動き出した。蜘蛛のような動きで。
アレは瞳じゃない。あそこで死んでいるのも、慎太と光太じゃない。そう思ったところで、長年連れ添った妻と愛する子供の姿は、一緒に過ごしてきた姿そのままだ。
瞳は四つん這いのまま二本の包丁を拾い、私に近づいてくる。瞳を操っているのは、一瞬見えた老婆なのだろうか。
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