943人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日、お婆さんは……」
「あぁ、おふくろなら昨晩、階段で足を滑らせて死んだ」
平然とした表情でそう言った男性は、車椅子にストッパーを掛けてベンチに座った。俺の後ろにいる咲子が声を上げる。
「あの……お通夜の準備とか、大変じゃないんですか? 公園に来ている場合じゃ……」
「準備したいのはやまやまやけど、親父もこんな状態やからな。この公園に連れて来んかったら、後で面倒なことになるから。準備は妹に任しとる」
俺の質問にそう答えた男性は、大きく溜息を吐いてカバンから文庫本を取り出した。
“面倒になる”という言葉に違和感を抱きながらも、今はこの男性と距離を縮める必要があると思い「何を読んでいるんですか?」と訊ねてみる。すると、男性は文庫本のカバーを外して表紙を見せてきた。そこには女性の乳房が大きく描かれている。官能小説だ。
咲子は顔を背け、気まずそうに俺の顔を見つめてくる。
最初のコメントを投稿しよう!